暗闇の中を、車が疾走する。
運転席には泥酔した男。
その車が住宅街の路地を歩いている二人の人間に迫る。
一人は中年の女性、そしてもう一人は子供である。
二人は話をしながら道の端を歩いていた。
後ろから迫る車が、ほかの車同様自分達をよけて進んでくれることを信じ切って。
だが、その車は例外だった。
まっすぐに二人に向かって突っ込んでくる。
何かがおかしいと気付いた女性が振り返ったとき、ヘッドライトは目前に迫っていた。
刹那、目の端に民家の駐車場が映る。そこは幸運にも空いていた。
女性は一瞬で直感した。この子の手を引いて駆け込むには間に合わない、と。
どちらか一人しか助からない。天啓のようにそのことを悟った。
瞬間、子供の顔が脳裏をよぎる。
遺してゆくにはまだ幼すぎるたった一人の愛娘・玲の顔が。
自分のいなくなった世界でのその子の人生が。
だが、目の前の、同じように可愛がってきた子供の友達ーー樹を見て、選択肢は無いも同然とわかる。
見殺しにすることができようはずもない。まだ十かそこらの幼い子を。
女性は子供と夫に別れを告げ、決断した。そして、樹を思い切り駐車場へと突き飛ばす。
刹那、ヘッドライトで視界が真っ白になった。
そうしてこれまで感じたこともないような衝撃が全身を襲い、宙に放り出される。
落ちるまでの時間で人生の中で印象的だった場面が次々と脳裏に蘇っては消えてゆく。
意識が闇に落ちる前、最期に見たのは、愛しい子供の笑顔だったーー。