6-1

 凶報がもたらされたのは、いつもと変わりないある冬の日だった。
 信は休みのその日も、いつものようにみかんを頬張りながら居住区の自室でのんびりテレビを見ていた。
 ヨーロッパ各地を回る旅番組で、一人称のカメラワークなので自分が旅している気分になれる番組だ。
 信は車窓のうしろに流れ行くアルプスの山々をぼんやり見た。
 こうしていると昔に戻ったような心地になるから不思議だった。
 家でのんびりまだ元気だった頃の母とテレビを観て、影響を受けやすいふたりして登場したご当地料理を作ってみて、なんか違うね、と言い合っていたあの頃のような。
 こうしてみると、結局お職も悪くないように思える。
 諸事情からお職――つまり店の稼ぎ頭にならなければならなくなったときには閉口したものだが、こういう特権が与えられるのならばそう悪くはなかったかもしれない。
 部屋にテレビを置けるのは見世の最高位である「呼び出し」だけの特権だった。
 だから部屋は常に同僚や後輩たちで大入りなのだが、今日に限っては友人と二人きりだった。
 たぶん気を利かせたのだろう。
 店の人間の大半は信とこの友人――鶴見章介が恋人同士だと思い込んでいる。

「なにかあった?」

 いつもより渋い顔でテレビを観ている友人に聞く。すると相手はこちらを向いた。
 黒々した短髪と切れ長の目が印象的な人物だ。
 一部で武士と呼ばれている通り、無口で一見感情がなさそうに見える男だった。
 しかし、実際にはそうではないことを信はこの時点で知っていた。
 章介は、少しの沈黙のあと、重々しく口を開いた。

「畠山浩二って知ってるか?」
「聞いたことあるような」
「そいつが近々登楼(あが)るかもしれないって」
「誰情報?」
「大輔だ」

 章介は、情報通の友人の名を出した。

「遣り手から直で聞いたらしい」
「そう」
「誰が外れクジを引くかな?」
「さあ……若い子になんなきゃいいけど」

 章介は大きなため息をついた。

「正直登楼(あが)らせないでほしいな、ああいう手合いは。店の利益にもならんだろう、傾城を潰されては」

 昔、街で遠目に見たことがあるその男は、男らしいがっちりした顎と鋭い瞳が印象的な、中背中肉の人物だった。
 傾城の間でその悪評を知らぬ者はなく、男娼を再起不能になるまで痛めつけるのが趣味で、何人もその犠牲になってきたと言われていた。
 とんでもない富豪で、その財力にモノを言わせてどんなプレイもさせるらしいが、神が何を思ってそんな男に富を与えたのかがナゾだった。
 気にならないわけではなかったが、さしあたって直面している別の問題の方に心奪われていたためボーッとその先を聞き流していると、不意に章介が身を乗り出し、強い口調で忠告してきた。

「今回だけはやめておけ。選ばれた者は気の毒だが庇ったらこちらの身が危なくなる」
「うん」

 信がそう答えると、章介はホッとしたように頷いて、再びミカンを食べ始めた。
 件の畠山浩二が登楼したのはそれから十日後のことだった。


 浩二から初会の申し込みがあった、と、遣り手から知らされたとき、信は震え上がった。
 初会というのは一回目の来店のことだ。
 白銀楼では、昼三以上の傾城を指名する場合、客は三回来店しなければ本部屋に行くことができない、つまり本番ができない決まりになっていた。
 建前上はこの間に傾城が客を気に入らなければ拒否できることになっていたが、実際には売り上げに余程の余裕がなければそんなことはできない。
 信も予約で埋まるまではほぼ拒否権なしだった。
 ただ、常連客がつくようになり、呼び出しになった今は新規の客は取っていなかったのだが、今回ばかりは違った。
 遣り手に会うだけ会うよう説き伏せられた、というより命令されたのだ。
 それで信は仕方なく浩二を受け入れた。
 初会は何事もなく無事に終わった。

 嫌な感じがして、信はその時点で次の段階に進みたくなかったので遣り手に談判しに行った。
 しかし、どうやら畠山浩二に相当の利益を見込んだらしい遣り手に、そんなことを言える立場か、と一蹴され、引き続き受け入れざるをえなかった。
 それに、遣り手の執心ぶりからして、信が断っても他の誰かにつけさせそうだった。
 もし、普段からぞんざいに扱われがちな低位の傾城……付廻(つけまわし)や部屋持(へやもち)の傾城にあてがわれたら――彼らがどんな悲惨な目に遭うかは火を見るよりも明らかだった。
 遣り手は金を積まれればどんなプレイも許す非道な専制君主だ。
 稼ぎの少ない傾城を人身御供にすることを一秒たりともためらわないだろう。
 だから信が受け持つしかなかった。
 信は仕方なく二回目の登楼を許した。
 このときも、何も起こらなかった。
 信は緊張でいつもより口数が少なくなっているのを自覚しつつ、相手の鋭い視線に耐えた。全身に穴が開いたかと思った。
 事件は、三回目の登楼で起きた。
 
 信はその日、朝から章介や秋二に浩二の登楼を許したことを非難されながら、適当にやり過ごし、支度をして開楼時間を迎えた。
 章介、秋二、それに親しくしている先輩の綾人は、浩二を受け入れたことを懸念し、再三に渡ってやめるよう忠告してきた。
 畠山浩二という男が、界隈で知らぬ者がいないサディストだったからだ。
 信が逆の立場でもそうしただろう。
 しかし、信に選択肢はなかった。
 下手なホラー小説より怖い浩二の「伝説」の数々をなるべく考えないようにしながら、相手の到着を座敷で待つ。
 どきどきしながら正座して待っていると、やがて戸が開いて浩二が入ってきた。
 前回同様黒いシャツに黒いジャケット、そして黒いスラックスを身に着けている。全身黒づくめで、死神みたいで怖かった。
 一緒に入ってきた遣り手はへこへこしながら浩二にテーブル中央の座椅子をすすめ、信を脅すような目で見てから退室した。
 壁際に控えていた奏楽隊が演奏を開始し、広間に琴の音が響き渡る。
 信はやってきた浩二の隣に坐し、痛いほどに自分を見つめてくる客にどう接すればよいかを探っていた。
 すると、相手は不意に目を伏せた信の顎を掴み、くいと上向かせ、しげしげと眺めてから、やはり、と呟いた。
 何がやはりなのかは知らないが、浩二はひとつ頷き、手を離した。
 そして前方に視線を戻し、抑揚のない声で言った。

「なぜ、断らなかった? 私の評判は耳にしているはずだ」
「噂はあてになりません。直接お会いしなければ、相手の人となりはわからぬもの」
「それで、受けたと」
「さようで」
「うまい返しだがあと一歩だな……で、本当の理由は?」
「……」

 信は相手に生半可な言い訳が通用しないことを悟った。
 ならば黙っているのが一番だ。

「ルールその一。黙秘権は認めていない。言え」
「私は……」

 次の瞬間、バシリ、と乾いた音がして、時間差で頬がジンジン痛み出した。
 部屋にいる新造たちや奏楽隊が息を呑む。
 信は張られた頬を押さえて、声を絞り出した。

「私には……拒否権がありませんので」
「というと?」
「遣り手には逆らえません。色々と、やらかしているので」
「弱みでも握られているのか?」
「そんなところです」
「それは何だ」
「……言えません」

 遣り手には、一樹の足抜けを手引きしたと口外すれば即河岸に落とすと言われていた。
 すると浩二はあからさまに不機嫌になり、日本酒が入った一升瓶を掴み、差し出した。

「飲み干せ」

 座敷がざわめき立つ。いつの間にか奏楽がやんでいた。
 新造の一人が遣り手か誰かを呼びに部屋から走り出てゆくのを目の端で捉えつつ、信は瓶を受け取り、口元に持っていった。
 怒らせてしまったようだが致し方ない。
 一樹のことは言えなかった。
 信は覚悟を決めて、一升瓶を傾けた。
 どちらかというと酒には強い方だが、さすがに空きっ腹に、一気に半分も呑むと頭がクラクラしてきた。
 しかしそのとき、見計らったかのように酒を取り上げられた。見上げると、遣り手が立っていた。
 彼は瓶をテーブルに戻すと、膝をついて言った。

「お客さま、お戯れもほどほどにして頂きませんと。これはうちのお職です。敬意を払っていただきたい」

 久しぶりに遣り手が善人に見える、と思った。

「何があったのですか?」
「質問に答えなかった」
「まあ、まだ知り合って間もないですし、大目に見て頂けないでしょうか? いずれ心を開くかと」
「こいつは何をした? 色々やったと言っていたが」

 その言葉に、遣り手が鋭い目で信を射る。
 余計なことを言うな、と顔に書いてあった。

「ありきたりですが、脱走を試みましてね。契約違反ですので、少しきつく言った次第です」
「なるほど」
「いずれにせよ、お耳汚しをしてしまい、大変申し訳ございません。ご希望なら、すぐにお部屋にご案内できますが」

 部屋、すなわち本部屋だ。
 遣り手は、このキレた状態の男に抱かれろと言っているのだ。
 背筋がゾッとした。やはり遣り手は遣り手だった。この男は血も涙もないのだ。
 しかし、どうしようもない。
 この店で遣り手に逆らえる者はいなかった。

「そうだな。では案内してもらおうか」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」

 浩二は遣り手に続いて立ち上がり、座敷を出た。
 数歩遅れて信も続く。
 部屋に向かいながら考えていたのは、いかにして傷を負わずに浩二を満足させるかだけだった。


 三人はまもなく信の本部屋に到着した。

「では、私はこれで。今お食事を持ってきますので少々お待ちを。菊野、失礼のないようにな」
「はい」

 遣り手は恐ろしい男と信を置き去りにし、それだけ言って去っていった。
 本当に人の情のない人なのだ、と若干ショックを受けながら見送り、戸を閉めた。
 明日、信が死んでいたら多少は後悔するのだろうか?
 とてもそうは思えなかった。

「なかなか凝っているな」

 浩二はそう言いながら、薄闇の中に浮かび上がる金糸の縫いとりのある赤い椿の壁掛けや、金箔を枠の部分に散らした障子や、絹の寝具を見回した。
 信は黙って入り口付近に立ち尽くしていた。
 生きて朝を迎えられますように、と心底願いながら、膳を届けに来た禿から食事を受け取る。
 彼は偶然、信の部屋つきだった。
 仙華と名付けられた名取勝利は、こわばった顔で信を見上げた。
 そして何か言おうとしたが、信はそれを制して、ありがとう、と言い、下がらせた。

「お食事が届きました」

 そう言って、無理矢理徳利から視線をひき剥がし、入り口から向かって右側、床の間の前にある小卓の上に膳を置く。
 すると、障子を開けて窓の外を眺めていた相手が振り向いて近付いてきた。
 信は電気をつけてから坐した相手の左隣に腰を下ろした。
 どうやら酔いが本格的に回ってきたようで膳の中身がユラユラ揺れる。
 開口一番、浩二が口にしたのは意外な問いだった。

「借金はいくらあるんだ?」
「借金はありません」
「ではなぜここで働いている?」
「なぜって……」

 それは違法に脅迫を用いて契約書にサインさせられ、暴力団組員の若衆に見張られて逃げられないからだが、と思ったが口には出さなかった。

「自分の意志で働いているのか?」
「はあ、まあ……」

 すると、浩二はわかりやすく不機嫌になった。

「この仕事が好きなのか?」
「好きとか嫌いとか、そういうものではないですが……」
「金か?」
「まあ、あって困ることはありませんね」

 すると、浩二はフン、と鼻を鳴らした。セックスワーカーを見下しているのだろう。
 だがそれならなぜお前はここに来たのか、と問いたい。

「そもそも何でここにいる?」
「まあ、色々と……」
「正直に答えろ」
「……ありきたりですが、家出をしまして。フラフラしていたらここに連れてこられてしまった次第で」
「さっきのは嘘か。自分の意志で来たんじゃないんだな?」
「すみません。まあ、ここがどういうところかも知らなかったですし」
「長谷川会か……あいつらもくだらんことをやっているな」

 浩二は、玉東を取り仕切る犯罪組織の名前を出した。どうやら知っているらしい。

「ご存知で」
「有名な話だろ。事情はわかった。落籍してやるからうちに来い」
「……それは、できかねます。申し訳ないですが」

 浩二はどう見てもカタギではない。
 おそらく、同じような店を経営していて引き抜きに来たのだろう。
 しかし、浩二みたいな人物がやる店がまともなわけがない。
 いわゆる『地下』のような、完全非合法の店だろう。
 遣り手もとんでもない客を寄越してくれたな、と思っていると、浩二は低い声で言った。

「おれのところに来るのが嫌か?」
「それは……」
「ならば、来たくさせてやる」

 浩二は手を振り上げ、信の腹を殴りつけた。
 息が詰まって吐きそうになる。
 帯や分厚い着物ごしなのにすごい力だった。
 これは武道や格闘技をやっている人間の拳だ。

「ゲホッ、ゲホッ……出禁に、なりますよ」

 浩二は無言で腹を抱えて蹲った信の前髪をわし掴みにし、酒を無理やり飲ませた。
 どうやら誰かが気を利かせてくれたらしく先ほどよりアルコール度数が明らかに低くなっていた。
 それでも酩酊状態の身体にアルコールを更に入れられ、動けなくなる。

「は、はあ……。やめて……」

 信はそのまま布団まで引きずられていった。
 着物を脱がされ、後ろ手に縛りあげられ、猿轡を噛まされる。
 そしてうつ伏せにされると、たいして慣らしもしないまま突っ込まれた上、鞭で打擲された。
 信はくぐもった声で呻きながら、殺されませんように、とただひたすらそれだけを願った。

 浩二の責め苦はそれから二時間に渡って続けられ、信は苦痛と快楽のはざまで煩悶した。
 しかし、何度来いと言われても、絶対に頷かなかった。
 もし頷けば、今以上の地獄に突き落とされるに違いなかったからだ。
 この一回を耐えればなんとかなる。
 遣り手に談判して出禁にしてもらえば、もう会わなくて済む。
 それだけを思って、信はハードなセックスに耐えた。

 ◇

 信はその翌日、熱を出して寝込んだ。
 秋二や章介を含む多くのひとに心配されたが、何があったかは言わなかった。
 そして、部屋に首尾を聞きにきた遣り手に、あんな客を通すとは何事か、と信にしては珍しく怒った。
 浩二の暴力行為を微に入り細に穿って報告し、あんな客は二度と登楼(あげ)ないよう要求した。
 自分のことだけでなく、これで前例を作ると、同種の客が店に出入りするようになる。
 それだけは避けたかった。
 しかし、遣り手は信の訴えを黙って聞いた後、何を勘違いしている、と言った。
 浩二は店を持っておらず、引き抜きではなく単純な落籍を所望しており、それを断ったお前が悪い、と。
 信は信じられない思いで話を聞いていた。
 噂に聞く限り、浩二はかなり過激なSM趣味のある富豪であり、そして信が見たところ裏社会の人間であり、仮に遣り手の言っていることが本当だとしても、家に行けば無事ではいられない。
 それがわかっていてこの言いよう……やはり遣り手はまともな人間ではないな、と思った。
 呆気にとられて、ろくに反論できないまま話は終了し、その後は何度オフィスに行ってもとりあってもらえなかった。
 そしてその三日後、浩二が再び登楼したのだった。

 拒否するわけにもいかず、信は仕方なく支度をして玄関まで迎えに行った。
 そして、いらっしゃいませ、とお辞儀する。
 すると、相手は底冷えするような目で信を見て言った。

「気が変わったかどうか、聞かせてもらおうか」
「はい……」
「まあ、まずは食事でも」
「こちらへどうぞ」

 信は戦々恐々としながら浩二を座敷に案内した。
 相手は、そこでひとしきり宴会をした後、部屋へ行くことを要求した。
 どうしても行きたくなかった信は、そこで抵抗した。

「先日の質問に先に簡潔にお答えしますと、お受けできません。私はここで働くと決めております」

 遣り手は浩二は店を持っていないと嘯いたが、本人が持っていなくても、知り合いに売られる可能性がある。
 そんなことになるのは嫌だった。
 それに、ろくに話したこともない相手を落籍したいというのは、おかしすぎる。
 疑うなという方が無理な話だった。

「男に股開くのがそんなに好きか」
「……」
「ならばその通りにしてやる。部屋へ連れて行け」
「もう嫌だ……」

 すると、浩二の目が吊り上がり、同時に頬を張られた。
 デジャヴだが、前回と違うのは人払いをしていて座敷に二人きりということだった。
 遣り手を呼びに行く者は誰もいない。
 もう逃げよう、と腰を上げたが、腕を引かれ、畳に引き倒された。

「うっ……!」

 そうして、瞬時に首を絞めあげられる。
 腹も膝で押さえられて死ぬほど苦しい。
 信は苦しみに喘ぎながら、自由になる方の手で浩二の喉を突こうとした。
 だが、その手は払われた。

「かはっ」

 意識がどんどん遠のいていき、やがて視界が暗転する。
 次に気付いたとき、信は組み敷かれていた。
 服をほとんど着たままの浩二が見下ろしてくる。
 目が合うとひときわ強く穿ち、首にまた手をかけてくる。
 本当に信じられない、と思いながらも、信はそれ以上抵抗しなかった。
 遣り手の許可がある以上、この客を拒否するのは無理だ。
 よく考えてみれば、経営手腕だけはある遣り手が他店からの引き抜きを見過ごすはずがない。
 その証拠に、そのような客は今まで一度もいなかった。
 浩二の素性調査は徹底的にされているはずだ。
 だとすれば、これは純粋に信が目をつけられたに過ぎない可能性が高い。
 白銀楼の他の傾城とは違って月一で花魁道中をしているから、その可能性は十分にある。
 ならば、この客は今後も通い続ける可能性は高く、信が担当を降りたらその皺寄せが同僚に行くだろう。
 そうなったら、その不運な子は耐えられるだろうか……?
 そこまで考えて、信は抵抗をやめたのだった。

「はぁ……うっ……」
「来る気になったか」

 信はそれには答えず、浩二の顔を引き寄せてキスをしようとした。
 その途端、相手が弾かれたように信から離れる。
 すると、頸部を圧迫していた手が離れ、酸欠だった脳に酸素がゆきわたった。

「はあ、はあ、はあ……」

 喉をさすりながら息をついていると、浩二が睨みつけてきた。

「何のつもりだ」
「ケホッ、落籍の件については、少し考えさせて頂けませんか? まだお互い何も知らないですし、もう少しお付き合いをしてから考えたいです。正直に申しますと、忙しくて新規の方は受けておりませんでした。それであのような態度になってしまい、申し訳ございませんでした。今後は、お付き合いを深めていきたいです。お許し頂けますか?」
「……わかった」
「では、お部屋へ行きましょう」

 浩二の顔から怒りが消えたのを確認し、信はそっと息をついた。
 そして帯を巻き直し、座敷を出て廊下を歩き出した。
 隣を歩く客を横目で見ながら、今後の戦略を立てる。
 避けられないのなら、できるだけダメージを減らすしかない。
 浩二の懐に入り、落籍に関してはごまかしつつやり過ごすというのが現状最善手だろう。
 信はそう結論づけ、彼と共に本部屋に入った。
 そうしてその足元に自ら跪いたのだった。