4-6

 章介と信を共揚げしたのは、穂波という客だった。
 章介が一本立ちしてまもなく付いた客で、おそらくは一番嫌っているであろう相手。
 直接話したことはないが、章介が話題にするのも嫌がるほどだったから、よっぽどの客だろうと思っていた。
 見た目は、ごく普通の三十代の男だ。
 信の好みではないが、ほかの傾城はイケメンだと言っていたから、好きな人は好きな顔なのだろう。
 また、気前のよい富豪としても知られており、店での人気は比較的高かった。
 一見して良客の相手をなぜ章介がそこまで嫌うのか。 
 それを、信は実際会って話してはじめて知った。

 章介の本部屋に上がったとき、章介はすでに体をもてあそばれていた。
 テーブルの前に座らされ、背後から着物の袷の中に手を突っ込まれている。
 章介は信と目が合うなり目をそらした。
 信は、回れ右したいのをこらえて部屋の中に入った。

「失礼いたします。菊野でございます。本日はご指名いただきありがとうございます」

 頭を下げて挨拶をすると、穂波は鷹揚に答えた。

「ああ、どうもね。入って」

 言われた通りそばに行って出方を窺う。
 すると、穂波は満足げにグラスワインを傾けて一口飲み、章介から手を離した。
 その途端に章介が着物を掻き合わせて穂波から離れる。
 穂波はそれを気にしたふうでもなく、信の方を見た。

「紅妃とはずいぶん長いみたいね」
「……ええ」
「なのに一回も共揚げがないの? 君、ずいぶんみんなと揚げられてるみたいだけど」

 嫌なところを突かれたな、と思いながら、信はあいまいにごまかした。

「あまり機会がなかったもので」
「ふうん。じゃあ今回初めてか」

 共揚げは割増料金が貰えるので、共揚げを断ったことはほぼない。
 ただし、章介と一樹が相手のときだけは必ず断っていた。誰も親友と寝たくはない。

「そうですね。穂波様もずいぶん昔から紅妃をご贔屓にして下さって」
「ああ、そうだねえ。この子が一本立ちした頃からだから、もう三年くらいになるかな。気づいたらそんなに経つんだねえ。ね、お妃さま?」

 それほど長い付き合いなら、章介がああいうことをされるのを嫌っていることを知っているはずだ。
 知っていてそれをするあたり、性根の悪さがにじみ出ていた。
 こういう相手を辱めて楽しむタイプの客は、おそらく章介と最も相性が悪い。
 思った通り章介はこれ以上なく嫌そうな顔をしていた。

「その呼び方はやめろと何度も言ったはずだ」
「あ、そうだっけ? じゃあ何、お姫様の方がいい?」
「だから名前で呼べって……」

 このやり取りを見る感じ、章介が抱かれる側らしい。
 以前から穂波が帰った後に落ち込んでいるのをよく見たからそうではないかと疑っていたが、このやり取りで決定的になった。
 それを信に見られるのは当然絶対に嫌だろう。すっぽかそうとするわけだ。

「そう言われると嬉しいなあ。じゃあそろそろ始めてもらえる?」
「と、言いますと?」
「二人でセックスしてよ。そういうの、駄目じゃないよね?」
「ご一緒にいかがですか?」

 誘いながら章介「と」するなんて冗談じゃない、と思う。
 共揚げは通常、客が中心になるものだ。これまで経験したほとんどはそうだった。
 だが穂波は参加する気がないらしい。これは緊急事態だった。

「いや、俺は酒でも呑みながら見てるよ。寝取られっていうのかなあ? 好きなんだよね」
「………」
「さぁ、どうぞ?」

 指し示されたのは部屋の真ん中にある布団だった。
 ついたてが取り払われて、最初から嫌でも目に入っていたそれを再び見る。
 信の部屋にあるのと同じ、紅い正絹の布団だ。
 薄い掛布団には金の花模様が入っている。
 先に動いたのは章介だった。
 穂波の足の間から立ち上がり、布団のそばへ行く。どうやら穂波の意向は承知らしい。やる、ということだろう。
 だがそこで動きが止まる。
 章介は布団を見下ろして立ち尽くしていた。
 信は悪夢を見ているような気分で立ち上がり、近くに寄った。
 そして着物を脱ぎ、自分から布団に仰向けになる。
 せめて女役をしようという試みだったが、穂波は許さなかった。

「あれ、お妃様、言ってなかったの? 君が下だって」
「……」
「まさか菊野がタチできないってことはないよね? どっちもいけるって聞いたけど」
「たまにしかしないので、うまくできるか……」

 そう言ってあがいてみる。これは嘘で、実際には客の半数近くを抱く側だった。
 だが、章介のことは抱きたくない。なぜならそれは章介が最も嫌う行為だからだ。
 そんなことをしたら絶交されるだろう。

「じゃあそのたまに、が今日だ。大丈夫、お妃様はめちゃくちゃ慣れてるから」
「はあ……」

 章介はブチ切れそうな顔をしていたが、何も言わなかった。
 そういう力関係ということだろう。
 第一、あの章介が共揚げを頼んでくるぐらいだ。弱みを握られていないわけがない。
 まあ、従うしかないだろう。章介も覚悟していたはずだ。
 信は仕方なく体を起こし、章介を待った。
 こわばり切った顔の章介がやってきて布団に膝をつく。
 信はその腕に手を触れ、キスしようと顔を近づけた。

「おいっ」

 その途端に阻止される。章介は信じられないようなものを見る目でこちらを凝視していた。

「あっ、ごめん」

 キスは駄目らしい。信は謝って改めて章介の首筋に口付けた。
 しかし、それもまた阻止される。

「だからっ、そういうことをするなっ」
「ごめん」
「お妃さま、拒否しちゃ駄目だろ?」
「てめぇは黙ってろ!」

 穂波は余裕を失った章介を薄笑いを浮かべながら眺めている。
 触れるなと言われ、どうしたものかと悩んでいると、章介は着物を脱いでドサッと寝転がり、やけ気味に言った。

「ほら、やれよ」
「うん……」

 信は遠慮がちに仕掛けと友禅を脱ぎ、襦袢だけになって章介の上に乗った。
 そしてジェルを手に取って後孔に手を伸ばし、ほぐしにかかる。
 後ろは既に準備済みで濡れていた。
 それを確認し、なぜ章介が共揚げをすっぽかそうとしたのかがわかった。

「もういいから早く……」

 章介に急かされ、信は襦袢を脱ぎ、自分のものを触って勃たせてから腰を進めた。
 熱い粘膜に包まれて息を吐く。
 章介は、耐え難いような顔をして精一杯顔を背けていた。
 なんとなく傷ついた気分になりながら動き出す。
 すると、少し刺激しただけで章介は体を震わせた。
 すぐにいい場所を発見してそこを突き出すと、食いしばった歯の間から隠しきれない喘ぎ声が漏れ出てくる。
 信は、自分が思った以上に興奮していることを自覚しながら、そこを擦り続けた。

「そこっ、やめろっ……」

 これはやれと言われているも同然である。
 信は気を良くしてゴリゴリと内奥を抉った。
 ぎゅっと締め付けられて章介が感じているのがわかる。
 上を向いてプルプルしている屹立を触ると、章介はビクッと反応し、吐息を漏らした。

「はっ……うっ……あぁ、」
「綺麗だよ」

 言い慣れた台詞が思わず口をついて出る。
 章介は一瞬信じられないといった顔で信を睨んだあと、また横を向いた。
 そして目元を腕で隠し、切れ切れに言う。

「だから、そこ、っ、やめろって」

 綺麗に割れた腹筋が何度も動く。
 汗で濡れたそこに口づけ、上に向かって舐め、胸の飾りを口に含むと、締め付けが強まった。
 ここもしっかり開発済みらしい。
 思った以上にいやらしい体に、信は興奮していた。
 こんなに完璧な体はなかなかない。
 しっかり筋肉がついてむっちりした体は若々しく敏感だった。
 やがて章介が感極まったように体を突っ張らせ、達する。
 それでも動きを止めずに内奥を更に抉ってやると、体がビクビクと痙攣し、声にならない悲鳴を上げる。
 一気に増した締め付けに低くうめき、信は欲望を吐き出した。

「はあ……」

 息を吐き出し、胸を上下させて荒い息をついている章介の中から出る。
 なるほどこれは穂波が執着するわけだな、と思った。
 下手な喘ぎ声などを上げられるよりこの反応の方がよほど腰にくる。
 それに、締まりも抜群だった。

「章介、終わったよ」

 何か返して欲しくて声をかけたが、章介はこちらを見もしなかった。
 信は不安に包まれながら身支度を整え、満足げな穂波に挨拶をして章介の本部屋を出た。
 そうして部屋に戻って軽くシャワーを浴び、また着物を着付けて次の客を迎えに正面玄関に向かう。
 そうして次の客を待つ間、先ほどの自分の行為を思い出し、やりすぎたかもしれない、と思う。
 触るなと言われたのに愛撫したのはやり過ぎだったかもしれない。それに変なことも言ってしまった。
 習慣と多少の欲でやってしまったのだが相当不愉快な思いをさせたはずだ。

 明日から無視とかされたらどうしよう、と思いながらやがて到着した客に挨拶をする。
 客は何か言っていたが頭に入ってこなかった。
 やってしまった、という後悔だけがぐるぐると頭の中を回る。
 信は不安と後悔を抱えたまま、その日の仕事を終えた。
 そうして、一晩寝れば忘れてくれるかもしれない、という希望的観測は翌朝見事に打ち砕かれることとなる。
 挨拶をした信に、章介は一瞥すらくれなかったのだ。
 そして信と離れた席へ行き、その存在を完璧に無視したのだった。