3-5

 夢の中で、章介は過去に引き戻される。
 穂波と出会ったその日は、雪が降っていた。


十三年前ーー。

 
 冬真っ只中のこの時期でも張り見世は野ざらし同然で、吹き込んでくる冷たい風に身震いする。
 張り見世とは、店の玄関付近に造られたスペースで、下位の傾城達が客引きする場所である。だがここは季節がいい時はともかく、冬は極寒だった。外とは朱塗りの格子で仕切られただけなので外気が容赦なく吹き込んでくるのだ。
 その上ヒーターの故障で通常よりも更に寒い。玉東は山の中にあるため、冬の寒さは容赦なかった。

 図体のでかい自分でさえこうなのだから、居並ぶ同僚たちはもっと辛いだろうな、と思いつつ、花簪を挿し、友禅を何枚も重ね着して着飾った傾城(けいせい)たちを見る。
 皆女と見まごうばかりに華奢で、吹いたら倒れそうだった。
 彼らは章介が籍を置くクラブ、白銀楼のキャスト達であり傾城と呼ばれていた。そして白銀楼は男の傾城しかいない店であり、彼らはどんなに女に見えようとれっきとした男だった。
 ほぼ全員が化粧をして色打ち掛けを羽織っている中、章介だけが化粧もせず女装もしていない。彼は、店の中では「短髪組」と呼ばれるいわゆる女装しない傾城だった。髪も他の傾城のように伸ばしてはいない。今日も少し光沢のある白のお召を着ていた。
 だから、着ている着物の枚数的には他の傾城達の方がはるかに多く温かそうだ。だが、華奢な人が多いからか皆寒そうだった。
 中でも特に前の方にいた傾城がくしゃみをして寒そうに着物をかきあわせる。
 それを見て、章介は後ろから手を伸ばし、その傾城ーー伊吹の肩を叩き、声をかけた。

「場所、かわりますよ」
「ああ、ありがと」

 伊吹はちょっと驚いた顔をしたあと、笑みを見せて立ち上がった。
 ちょうど見張り役の若衆が交代の時間で、遣り手も来ていない。
 本当は席次を代わってはいけない決まりだが、この際仕方ないだろう。
 そもそも故障した石油ヒーターを迅速に直さない店側が悪い。

「章ちゃんはいつも優しいね。へっくち、これ、ちょっとだけどマシになると思うから」
「すみません」

 鼻をすすりながら膝掛けを手渡してきた伊吹に礼を言って受け取る。
 張り見世じゅうの視線が集まっていたがいつものことなので気にとめなかった。
 皆、暇なのだ。

「今日はもう戻られたらどうですか? こんな天気ですし、客も来ませんよ」
「ううん、どうしようかなあ」

 伊吹は、ここでは中堅にあたる。
 瓜実顔の柔和な人物で、言われなければ男だと気づかない面立ちをしていた。
 品よく整った顔で、大人しい性格も相まって客からの人気は高い。
 穏やかで信と似ている部分もあるが、存外肝の座っている友人に比べ、危なっかしい雰囲気もあるのがこの人だった。
 それに、体も強くないようだ。

「まだ足りないですか?」
「ううん、そんなこともないんだけど、西脇さんとか来てくれるかもしれないから」
「そうですか……」

 章介は食い下がらなかった。
 伊吹の事情を知っていたからだ。彼は多額の借金を負っていた。いくらかは知らないが、多分章介とは比較にならないくらいの額だろう。でなければこれほど必死に働くはずがない。そういう傾城は大勢いた。
 章介は会話を打ち切って前を向き、雪の舞う通りをぼんやり眺めた。
 電飾で照らされた桜並木のむこうには四階建ての大見世、林華楼があって、軒先の提灯や障子窓から漏れる明かりで光っていた。
 そこと同じように明るい白銀楼の間を人々がゆきかっている。
 冷やかしで張り見世を覗きにくる輩も、年の瀬とあって忙しいらしかった。
 大晦日だから家族とでも過ごしているのだろう。今日は開店からまだ数えるほどしか客が来ていない。
 章介は、唐突に虚しくなって息を吐いた。
 自分はいったいこんなところで何をしているのか。
 祖母と炬燵を囲んで名人戦を観ながら雑煮を食べていたあの日常に戻りたかった。
 だが祖母はもういない。章介を残し旅立ってしまった……。

「あ、西脇さぁん」

 物思いにふけっていた章介は、背後から響いてきた明るい声にハッと我に帰った。
 気づくと伊吹の常連が目の前に立っていた。

「伊吹ちゃん、来ちゃったよ」
「よかったあ。来てくれないかと思ったあ」

 伊吹は心底嬉しそうに手を振って立ち上がった。
 そして少し咳き込んだあと、章介に再び礼を言って襖の向こうに消えた。

「なにあれ」
「わざとらしいよね。てか絶対お情けで来たのに気づかないなんてウケる」
「だよな。最初っから来るつもりなら予約入れるだろ」
「それをしてないってことは…」
「振られるんじゃね? つばちゃんとか、若くて可愛い子いっぱいいるし」
「ははっ、傾城が振られるとか、ダサ」

 いなくなった途端に始まった悪口に、またかと内心嘆息する。
 なぜかはわからないが、伊吹はこういう不愉快な攻撃の標的になりがちだった。
 多分大人しくて攻撃しやすいからだろう。
 こういう連中は、強いタイプには決して刃向かわない。
 勇気のあることだな、と内心吐き捨て、もう一度幸せだった頃の思い出に浸ろうとしたとき、不意に目の前に男が立った。
 猫のようなアーモンド型の目をした優男。年の頃は三十手前ぐらいだろうか。店の客にしては若い。細面で雰囲気がなんとなく信の常連の小岩に似ていた。
 その男はまっすぐ章介を見つめて言った。

「見ない顔だな。最近入ったばっかり?」

 だが章介が答える前に張見世にいた傾城達が沸き立つ。

「あ、穂波さんだ」
「うそ、久しぶりー」
「いつ見てもイケメン」

 どうやら男は常連だったらしく、伊吹の陰口で盛り上がっていた傾城たちがあいさつをしだした。

「久しぶりってほどでもないだろ。二週…いや三週か? 空いたの」
「寂しかったんだよぉ。ねえ、今日揚げてくれるでしょ?」
「うちもうちも」
「僕もお座敷入りたい」

 口々にねだる傾城たちに、穂波と呼ばれた男はフッと笑った。

「どーせ君らおひねり目的でしょうが」
「それもあるけどとにかく寒いんだよぉ。ストーブ壊れちゃって」
「しょーがないなあ」

 仕方なさそうにそう言った穂波に周りがワッと歓声を上げた。
 羨ましさを感じながら静観していると、急に穂波の目がこちらを向いた。

「名前は?」
「……紅妃(こうひ)です」
「へえ、どういう字書くの?」
「紅に、妃…」

 すると相手は吹き出した。

「プッ、似合わねえ。なんでそんな名前?」

 お前には関係ない、とイライラしながら章介は思った。ゴツい自分にまったく合っていない源氏名なのは百も承知だった。
 源氏名は店に来たときに遣り手が決めるが、それは暫定的なもので見習い期間を終えて傾城になるときに新しい名前を貰う者も多い。
 最初につけられたのがこの全く合わない名前だったので、章介もてっきりそうされると思っていた。
 だが忘れたのか、傾城になっても似合わない源氏名はそのままだった。

「寒いだろ? 一緒に来たら?」
「いえ、自分は…」
「あったかいご飯も食べられるよ」

 その言葉につられて章介は腰を上げた。のちに死ぬほど後悔することになるとも知らずに。

 ◇

 座敷に上がると、見たこともないほど沢山の傾城が所狭しと並んでいた。見習いの新造(しんぞう)、そして禿(かむろ)までいる。
 白銀楼の見習いは禿、新造と呼ばれ、おおよそ入って一年は禿、次の一年は新造として接客に必要な礼儀作法や教養を叩き込まれる。
 座敷に上がるのはだいたい新造になってからなので禿までいるのは珍しかった。おそらく羽振りの良い客なのだろう。
 また、敵娼(あいかた)がいるのかと思ったが特にそういうわけでもないようだ。
 白銀楼は基本的に固定指名制で、敵娼というのはその客の担当傾城のことだ。だから常連客には敵娼がいるのが基本だった。
 穂波は気前よく群がる傾城たちにチップを渡してやり、彼らとひとしきりゲームをして盛り上がったあと、とりあえず酌をしていた章介の腰をひきよせ、あちこち触り始めた。
 先程からなんとなく嫌な感じがしていたので、ついにきたかと身をこわばらせる。

 一見性とは無縁そうなすっきりした風貌の男が、同じ男の、それも自分のような図体ばかり大きな男の体を撫で回している。吐き気がした。
 その上衆人監視でこんなことをされている。首筋に寄ってきた唇にたまらず相手を押しやろうとしたが、強い力で引き寄せられてかなわなかった。
 場に集まった傾城たちの好奇の視線に耐えきれず下を向いて唇を噛む。とてつもなく惨めな気分だった

「いい身体してるね…鍛えてる?」
「……」
「ふふっ、可愛いな」

 そう言って耳に唇を寄せてくる男に、全身総毛立つ。
 気持ち悪くて戻しそうだった。

「慣れてないね。水揚げは誰が?」
「っ……! お前のっ…知ったことかっ…!」

 水揚げというのは見習いが傾城になる際の儀式のことで、その際に初めて客の相手をすることになる。
 章介の水揚げ権を買ったのは柚木という父親より年上のナヨナヨした男だった。
 今でもあのときのことを思い出すと吐き気がする。男になど勃たないから媚薬を飲んで抱いたが、初めてがそれなど酷い話だった。

「で、口は悪いと。いいね、ますます気に入った」
「気持ちわりぃんだよっ、はなせっ!」

 我慢できずに叫んだ瞬間、腿をさすっていた男の手があわせのすきまから侵入した

「っ……!」
「こりゃ女泣かせだ。何人泣かせてきたの?」

 口笛を吹いて聞いてきた下劣極まりない男に、ついに章介の堪忍袋の緒が切れた。

「いい加減にしろっ! この下衆がっ!」

 鈍い音と共に拳に衝撃が走る。気づけば章介は客を殴り倒していた。

「ってえなあ」
「ちょっと穂波さん、大丈夫?」

 唇の端が切れたらしい穂波は手の甲でそこを拭うと、立ち上がった章介を睨み上げた。

「ちょっとおイタが過ぎるんじゃないの?」
「………」
「支配人呼んで」

 穂波の言葉に、座敷にいた新造のひとりがすぐさま部屋を出て行く。
 章介は怒りに震えながら穂波と睨み合っていた。

「客に手出して、どうなるかわかってんの? 謝って」
「断る」
「なんだって?」

 血の混じったつばを吐き出した穂波は目を細めた。
 登楼してからずっと口元に張り付いていた薄い笑みは消えている。
 しかし、目は笑っていた。
 この男は本気で怒ってはいない。むしろこの状況を楽しんでいる。
 それに気づき、章介は内心少し危機感を覚えた。この男は底知れない。
 成り行きを見守っていた傾城たちが慌てたように謝るよう促してくる。
 理性では絶対にそうした方がいいとわかっていたが、どうしてもできなかった。

「断るといっている。お前のような下衆に下げる頭はない」
「そう。じゃ、悪い子にはお仕置きしないとね」

 不吉なことを言った無礼な男としばし睨み合っていると、やがて襖が開いて遣り手の小竹が姿を現した。両親にヤクザの事務所に連れて行かれた日、章介を買った男である。
 あの日散々な目に遭わされたので当初は警戒していたが、その後何かされることは一切なかった。
 地味な灰青色の着物姿の遣り手は、入ってくるなり膝をついて頭を下げた。

「大変申し訳ございません。事情はお聞きしました。うちの子が無礼を働いたようで」
「ここに来て、いや、ここに限らずこんなことは初めてだ。まさか手を出されるとは。楽しい酒が台無しだよ」
「大変申し訳ございません。わたくしの監督不行届きです」
「しかも謝罪のひとつもない。禿や新造に手出ししたわけでもないのに、わけがわからないよ」
「紅妃、謝りなさい」
「嫌だ」
「死んだ方がマシだと思うような目にあいたいか」
「……」

 それでも別に構わない気がした。現に死んだ方がマシな目にあっているからだ
 謝罪を拒否していると、遣り手はため息をついた。

「誠に申し訳ございません。処分はこちらの方で致しますので、ここはわたくしの顔を立てておおさめ頂けますか? 治療費も賠償させて頂きます。本日はお代も結構ですのでごゆるりとおくつろぎになって下さい。もしよろしければ、ご希望の子を揚げさせて頂きます」

 平身低頭謝る遣り手を顎を撫でながら見ていた穂波は、そこでおもむろに口を開いた。

「処分というのは」
「仕置きを。三日閉じこめて折檻が通例です」
「その処分はいいから、代わりにこの子を敵娼にしてもらえない?」
「敵娼、ですか?」

 面食らったように聞く遣り手に、章介は思わず叫んだ。

「絶対に嫌だ」

 敵娼にされるくらいなら仕置きの方がマシだった。
 この品性下劣な男とはもう金輪際顔を合わせたくない。

「しかし……折檻はこちらですることになっていますので」
「いやいや、そんなことしないよ。傷つけるようなことはしない。ただ、こんなことがあったから馴染みにしてもらえそうになくてね」

 馴染みというのは敵娼の言い換えである。

「紅妃が、お気に召した、と?」
「うん。こういう気の強いタイプが好きでね」

 遣り手はちらりとこちらを見た。
 章介は嫌だと目で訴えたが、相手は無視した。

「そういうことでしたら……承知しました。そのように手配させて頂きます」
「儀式は? 何かやらなきゃいけないことがあるじゃない?」

 客が馴染みになるためには三三九度を含む馴染みの儀式が必要である。だが遣り手は首を振った。

「今回に限っては不要です。では、このあとも紅妃とお飲みに?」
「そうだね」
「かしこまりました」

 人払いをした座敷の中で、ことが淡々と進んでゆく。
 章介は呆然としながらやり取りを眺めていた。
 灯りを反射してちらちら光る中庭の雪が悪夢のようだ。
 ふと、腕をつねってこれが現実か確認したい衝動にかられた。

「ではわたくしはこのあたりで。紅妃、しっかりお勤めするんだぞ」
「………」

 こちらを見た遣り手の目に一緒同情めいたものがよぎった気がして、章介は大いに動揺した。
 遣り手のこんな顔は見たことがない。
 つまり、この後に待っているのは地獄だということだ。
 逃げたかった。今すぐ走り出して、永遠に振り返らずにこの腐った場所におさらばしたかった。
 しかし、それが無理なこともわかっていた。
 玉東から逃げ出そうとした傾城がどんな末路を辿るか、嫌というほど見せられてきたからだ。
 店のバックには暴力団がついていて、用心棒の若衆(わかしゅ)のほとんどはその構成員である。
 もし捕まったら死んだ方がマシだというような目に遭わせられるだろう。
 それに、無一文で外に出てこれからどうやって生きていけばいいのか。
 頼れる肉親もなく、金もない。祖母が遺した遺産は全て親に取られた。そして家もーー。
 これでは出たところでどうにもならないだろう。それにまだ借金も返し終わっていない。
 鍵はかかっていないのに逃げられない。章介は、広々した檻の中で絶望した。

 ◆

「さて、じゃあ仕切り直しだな。乾杯しようか」

 唇の端に絆創膏を貼った穂波が、だれもいない座敷で突っ立ったままの章介にグラスを差し出してニヤッと笑った。
 その顔のあまりの醜悪さに胃がひっくり返るかと思うほど酷い吐き気がする。
 章介は動かなかった。というより動けなかったのだ。
 あの醜悪な男のそばに行くことを、全身が拒否していた。
 動かない章介にも穂波はたいして気にしたようすを見せなかった。
 そして、こう言い放った。

「まあいい。じゃあそこでストリップしてよ」
「は?」

 思わず穂波の顔を凝視した章介に、相手はいやらしい笑みを浮かべたまま言った。

「そこにいるってことはそういうつもりなんだろ?」
「ばっ……! 俺はっ……」
「ほら、早く。愉しませてくれよ。それが仕事だろ?」
「手水に――」
「焦らしてもいいことないよ」
「嫌だ」
「君はもうおれの敵娼になったんだ。言われた通りにやった方が身のためだよ」
「嫌だっつってんだろ! 誰がてめえの言うことなんかきくかっ」

 そう叫んで座敷を出ようと襖を開けると、そこには屈強な若衆三人が控えていて、問答無用で思い切りすねを打ち据えられた。
 そして、鳩尾にも一発入れられたあと、羽交い締めにされ、座敷に戻された。
 膝をついて咳き込む章介に、穂波が再び命令した。

「脱いで」

 その声で両脇から拘束していた若衆の手が離れてゆく。
 章介は畳に手をついて呻いた。
 じんじん痛む足に力が入らない上、息もうまく吸えない。
 それでも屈服したくなかった。
 従わない章介に、穂波はため息をつき、言った。

「仕方ない。脱がせて」
「なっ……!?」

 すると背後の用心棒たちの手が一斉に伸びてきて、角帯を解き始めた。

「クソッ、やめろよっ! はなせっ!」

 しかし、穂波ひとりくらいはどうにかなっても、武道の心得のある屈強な男三人が相手ではどうにもならない。
 章介はあっという間に身ぐるみを剥がされ、素っ裸にされた。
 煌々と明るい座敷で全てが晒される。
 あまりの屈辱に目蓋の裏が真っ赤に染まった。

「クソッ、変態野郎がっ!」
「ははっ、水揚げされたマグロみたいに活きがいい」
「てめえなんかっ、地獄に落ちろっ!」

 悪態をついていると、穂波がグラス片手に立ち上がってやってきた。
 そして、後ろから羽交い締めにされている章介の腹を指でつうと撫でた。

「そういう態度が、ますます男を煽るんだよ。うん、思った通り美味しそうな体だ」

 その瞬間、我慢できずに章介は唾を吐いた。

「っ……!」
「お前、何やってるんだ!」

 そう叫んで再び章介を打ち据えようとした若衆を制止し、穂波は頬についた唾を指で拭い言った。

「縛り上げろ。手は後ろで。足は開脚。それから布団を」
「薬は?」
「いい。このままの方が楽しめそうだ。ここ、いつまで使えるの?」
「ご随意にとのことです。よろしければお部屋にもご案内できますが」

 部屋というのは章介の客取り部屋のことだ。一本立ちした傾城には一人一部屋この部屋が与えられていた。
 若衆の申し出に、穂波は暴れる章介を見て首を振る。

「この状態では薬を入れないと連れていけないだろう」
「わかりました。控えておりますので、何かご入用のものなどございましたらお声がけください」

 そのやり取りの間に章介は手早く敷かれた布団の上に連れていかれ、手足をぎっちり縛られた。
 後ろ手に縛られ、カエルみたいに不格好に膝を折って足を開かれたままその状態で足も縛られる。
 そして仰向けに転がされた。
 悪夢としかいいようがない。
 天井の明かりに目をいられながら、章介は一刻も早く目が覚めることを祈った。
 しかし目が覚める気配は一向にない。残念ながら現実のようだった。
 いやに明るい部屋の中で、人の形をした何かが、とてつもなくおぞましい何かが近づいてくる。
 その影は何かをこちらにかざし、ボタンを押した。
 カメラの起動音がして、呆然と見上げると、穂波がうっそり笑っていた。

「大丈夫、おれしか見ないから」

 章介はその瞬間、大きな影に呑み込まれてゆくような錯覚に陥った。