半月後、マウリは出国した。
護衛兼戦闘要員は合わせて十五人。
うち三分の二がマウリの部下、三分の一がルカの部下である。
ルカはファミリーの中でも指折りの精鋭部隊をマウリにつけた。
それが優しさからか、自分に歯向かったマウリを処分するためか、少し考えたが前者だろうと結論づけた。
最初から許していなければ、過度な治療で心が死にかけていたマウリを助けたりはしないだろう。
だから渡されたGPS付きのピアスも着けた。
あんなことがあった後では監視したくなっても仕方ないだろう。
物思いにふけりながら眼下の海を眺めていると、誰かがとなりに座った。
見ると、ジャケットの下に防弾チョッキを着込んだパウロだった。マウリ直属の部下である。
相変わらず派手な色の服を着ている。
代々ファミリーに仕える家系で、同年代だったので小さい頃から付き合いがあった。
日に焼けた褐色の肌のパウロは、開口一番言った。
「ボス、女できましたよね?」
「いきなりなんだ」
「そのダイヤのピアスですよ。貰ったんでしょ?その話題で持ちきりですよ」
気配を感じて振り向くと、パウロとよくつるんでいるクリスチアーノとロドリゴも後ろの席から顔を出した。
ロドリゴはマウリの部下、クリスチアーノはルカの部下で、全員マウリとほぼ同年代。
部隊の中では最も若い。
ルカの部隊とマウリの部隊はこうして共闘することも多いので、お互いもうすっかり顔馴染みになっていた。
「全然そんなそぶりなかったのに…どこの子ですか?」
「そんなんじゃない」
「うちのファミリー関係じゃないですよね。だったら話がきてるはずだし……。ピノの店の子?」
「ちげえよ」
「ああ、マウリさんにだけ態度あからさまだったもんなあ。いや待てよ、カジノの美魔女?」
「めちゃめちゃ貢がれてたホテルのオーナーもいたよなあ。それとも本部の向かいの音楽院の子ですか?」
次々予想をたてるパウロたちにうんざりして、マウリは言った。
「ルカだよ。これGPSついてんの。俺がまたおイタをしないように監視用。満足か?」
「マジですか? ボスが?」
ちょっと引いたように聞いてくるクリスチアーノに頷いてみせる。
しかし相手は納得しなかった。
「そんなわけねえ。従兄弟におくるピアスじゃないでしょそれ」
「あいつは俺のこと女だと思ってるから」
冗談で言ったのに全員が固まった。
「冗談だよ」
「なんか……冗談に聞こえねえな」
「ボスってたまにマウリさんを見る目がさ……なんつーか宝石箱見るような目なんだよなぁ」
「確かに。めちゃくちゃ優しい目するっつーか……大事にされてるよなぁ」
「くだらねぇ話してんじゃねえよ。ほら、戻れよ」
そう言ってしっしっと三人を追いはらいため息をつく。
三人の言っていることは当たらずとも遠からず、といったところだ。
実際ルカはマウリに甘い。
ルカは自分にも他人にも厳しい人間の典型で実弟たちにも非常に要求水準が高く、それを満たせなければ容赦がない。
だが、マウリに対しその厳しさを見せたことはなかった。
そのせいでずっと男として認められていない気がしていた。だからあんな冗談が口をついて出たのだ。
ルカはファミリーの男達には厳しい反面、女子供、老人など弱い者には驚くほど優しい。だから自分も女子供扱いされているのではないか、と思ったわけだった。
だいたい、自分を殺そうとした仮にもライバルの後継者候補を普通許すだろうか?
それはありえないような気がする。
するとやはり自分は一人前として認められていないのだろう。
なんとなく憂鬱な気分になりながら、何気なく反対側の座席の方を見るとシンがこちらを見ていた。
「……」
一瞬目が合い、ものいいたげに見られたが、マウリはふいと視線を逸らし、窓を見た。
シンはショースケの救出を見届けるために同行している。そして作戦が完了次第、帰国する予定だった。ルカがそう手配した。
マウリは流れてゆく雲を眺めながら、これが終わったらお別れだな、と思った。
◇
マウリとシン、ファミリーたちを乗せたプライベートジェットはまもなくインバネス空港に到着した。
タラップを降りると、バルドーニファミリーイギリス支部代表のブラックスミスが出迎えに待っていた。
胸板が厚くて大柄な英国出身の元軍人。
プライドが高く面倒くさいともっぱらの噂だった。
生粋の英国人に見えるが、母方がイタリア系でドンの遠戚である。
ブラックスミスは手を差し出しながらイタリア語で言った。
「イギリス支部のブラックスミスだ。元英国海軍少佐。雨の国へようこそ、歓迎する」
「本部のマウリ・バルドーニだ。今回のご助力に感謝する。こちら、九龍のミスター・ハタケヤマのご子息、シン・ハタケヤマだ。今回の依頼者で同行する」
手を握り返して言うと、ブラックスミスはちらとシンを見た。
「ああ、噂の……」
「噂?」
「あ、いや、何でもない」
マウリは好奇心見え見えのブラックスミスをギロッと睨み、周りに聞こえるように言った。
「ミスター・ハタケヤマは我々の大事な客人だ。無礼な振る舞いは許さないからな」
油断も隙もないな、とイライラしながら車に乗り込む。
こんな心配をしている場合ではないのだが。
隣のシートに座ったシンは暢気にブラックスミスの部下の観光案内を聞いていた。
注意したいがそれもできない。
マウリはイライラしながら地元の新聞を取り出した。
まあざっと見た感じ大きな事件はない。
テロ野郎たちはとりあえずは大人しくしているようだった。
とても戦争直前とは思えぬ和やかな雰囲気で、まもなく車はスコットランド中部の片田舎の屋敷に到着する。
ここが拠点だった。
バルドーニファミリーの所有で普段は人に貸しているが、今回はひと月ほど家を空けてもらっていた。
屋敷に入り、吹き抜けのエントランスを抜けて奥にあるダイニングに集合する。
マウリは簡単な口上を述べてからすぐに作戦会議に移った。
目的の屋敷の周辺地図と見取り図、そして人質と館の主人の顔写真が卓上に広げられ、侵入経路の検討が行われる。
人質の安全を考えると、正面突破は難しそうだった。
「監禁場所はおそらく三階のこの部屋です。ドローン偵察で黒髪のアジア系男性が確認されています」
「顔は見たのか?」
人質・ショースケの写真を見ながら問う。
昔どこかで見たアジア映画の俳優に似ていた。
髪と目はシンと同じく漆黒だ。
「いえ、そこまでは…なにぶん見通しが良過ぎて近づけず…」
下調べを担当したイギリス支部員のずさんさにため息をつく。
「確実じゃないとダメだ。誰か偵察に行った者は?」
「ホナミは警戒心が強く誰も屋敷に入れません。使用人はすべて同盟の者です」
「使用人のリストを見せろ」
すると慌ただしく紙束が差し出される。
リストに目を通すと、偶然知っている名を見つけた。
「こいつの連絡先は?」
『バーナード・ラガーウィン』を指して聴くと、若い調査員がまた慌ただしくファイルを漁って住所と電話番号の載っている紙を差し出した。
「しかしここへは月の半分しかいません」
「わかった、ありがとう。俺がこいつから内部情報をききだしてこちら側に引き入れる」
それに驚いたようにブラックスミスが聞く。
「知り合いか?」
「ああ」
「しかし簡単に寝返りますか?」
ブラックスミスの部下の問いに頷く。
「あいつの弱みを握ってる。とにかく確実な情報が絶対にいるからな。もう一度言うが、今回は人質の生存が絶対条件だ。それが確実になるまで計画は延期する」
「それは……」
「わかったな?」
強い口調で言ってイギリス支部のメンバーを睥睨すると、全員が押し黙った。
こういうときは圧に物言わせるのが効率的だ。
ルカやマウリの部下の大半は訓練されたプロ集団だが、イギリス支部の連中は半端なチンピラでプライドが高い。
プロの経験があるのはブラックスミスほか数人だ。
その上マウリを見た目と歳で舐めくさっている。
力と絶対的なリーダーシップで統率する必要があった。
指揮系統が乱れると作戦失敗のリスクが上がるのだ。
「本部の方へは俺から報告しておく。そもそも杜撰な調査をしたお前たちの責任だからな。気を引き締めてやれ」
そう言って最後にブラックスミスを見ると、ムッとした顔で見返してきた。
この時点でマウリは人質救出チームにイギリス支部員を一切入れないことを決断した。
彼らには自由革命同盟本部と地方の支部に分かれて殴り込みをかけてもらう。
「それから、くれぐれも勝手な行動をしないように。俺の命令に逆らった場合は即刻ファミリーを除名だ」
「何だって?」
ブラックスミスの部下が不満の声を上げる。
「ドンからは権限を付与されている。この作戦では俺がトップだ。それに納得できないやつは今すぐこの場を去れ」
低い声で言い、イギリス支部の者たちを睥睨する。誰も動く者はいなかった。
「命令には絶対に従え。でないと仲間を危険に晒すことになる。わかったな?」
「……はい」
支部長は苦々しそうな表情で、しかし最終的には頷いた。
マウリは本部に増援を要請するかどうか考えながら、会議を終わらせた。