その日の深夜ーー。
マウリは自分の班と共にターゲットの屋敷の玄関付近で待機していた。
ゲートの警備員は近くの林の中からスナイパーに射殺させ、ラガーウィンから聞き出した暗証番号を入力して開錠する。
そののち、裏庭の巡回員も殺し、正面側と裏手の二手に分かれた。
裏手の班は人質とラガーウィンの救出を担当する。
人質が部屋にひとりでいるのは確認済みだった。
この部分が一番重要だ。
ホナミは相当トチ狂った奴らしいから、人質が捕まると命の危険がある。
絶対に成功させたかった。
じりじりしながら待っていると、無線で人質とラガーウィン確保の連絡が入る。
マウリは間髪入れずに突入命令を出した。
玄関のドアを静かに開いてエントランスに侵入する。
すると前の応接間に人影が見えた。左右の廊下に敵がいないのを確認して静かに歩を進める。
班は六人でマウリが先頭だ。
ルカには先頭に立つなといつも言われるが、この陣形が一番戦いやすかった。
いちいち後ろから指示するのが面倒くさい。
だいたい組むのはパウロだが、今回はシンの護衛として残してきているのでロドリゴと共に進む。
マウリは壁際で中腰のまま、照準を合わせてサイレンサーつきの銃で人影の頭を撃ち抜いた。
立って何かをしていた男は声もなく崩れ落ちた。
耳を澄ませる。まだ侵入はバレていないようだった。
三階から入っているはずの部隊の方からも音は聞こえない。
マウリは振り返って手を振り、前進の合図をして再び歩き出した。
応接間の先には階段と、その先に食堂厨房があるはずだ。
階段のところにひとりおいて食堂に進み、雑誌を読みながらトーストをかじっていた男ふたりを同時に射殺する。
それから階段のところにいたアレッサンドロと合流し、一階の残りの部屋を周り、更にひとりを殺した。
ここで手を抜くとあとで挟み撃ちにされるから少し時間がかかってもクリアした。
それから足音を忍ばせ、二階へ上がる。廊下からいきなり姿を現した男を踊り場からヘッドショットし、同じように二階を回る。
二階はふたりしかいなかった。
三階に上がろうとしたところで部下のマテオ率いる救出班六人が降りてきて報告した。
「三、四階制圧完了しました。館の主人と思われる男です」
マテオは隣のマーロウに担がれた東洋人の男の死体を示した。
マウリは頷いてペンライトを取り出し、顔を写真と見比べる。
間違いなくセーイチ・ホナミだった。
「よし、引き揚げる。全員車に向かえ」
マウリは指示して、部隊と共に階段を降りた。
防弾チョッキのこすれる音と、銃の金属音、足音が静まり返った館に響く。
マウリはすばやく屋敷を出て、周囲に敵がいないのを確認してから救出班の車に乗せられている人質を確認しにいった。
間違いなく写真の男――ショースケ・ツルミだった。鎮静剤を打たれて眠っている。
脈と呼吸を確認して頷き、隣に乗り込む。
車が発進した。
周囲の田畑はしんと闇に沈んでいる。
まだ増援は呼ばれていないようだった。
マウリは電話で同盟本部隊のイギリス支部員と連絡をとり、人質の救出が完了したことを伝えた。
向こうは現在交戦中だった。
すぐに応援に向かうと告げ、車を一旦止めて部下のアレッサンドロを呼び、人質と死体を本国まで送り届けるよう指示した。
彼らは空港で待機しているシンたちと合流して先に帰国する。
マウリはチームに同盟本部襲撃に加勢する旨を伝え、車に乗り込んだ。
そして携帯を取り出し、シンと空港で待機しているパウロを呼び出した。
「今作戦を完了した。人質は無事だ。鎮静剤を打ったが万一に備えてアレッサンドロを同行させる。一時間ほどで到着するから合流次第出国しろ」
「了解しました。同盟本部に行くんですね?」
最寄りのアバディーン空港までは車で一時間余り。そこでシンとショースケは合流し、待機しているハタケヤマのジェットで帰国予定だった。
パウロとアレッサンドロがそれを見送る。
「ああ。既に撃ち合いになっている」
「いかにも派手好きですもんね、支部長。了解しました」
「シンに代わってくれるか?」
「はい、ではお気をつけて。あまり深追いせずに」
パウロはそう言うと、シンに代わった。
「シン、マウリだ。ミスター・ツルミは救出した。無事だ。バイタルも異常ない。混乱を避けるため今は鎮静剤で眠っているが、そちらに着くころには目覚めるはずだ。今そちらに向かわせたから一時間で着く。合流して飛行機に乗れ」
「ああ、よかった、無事だったんだね」
心底安堵したような声に戸惑う。
なぜそこまで心配してくれるのか。
それとも演技なのか。
「ああ…。俺はこれから支部隊の応援に行く。これからしばらく欧州は危険だ。同盟の残党や関係のある組織が襲撃にくるかもしれないからな。今回各拠点はできるだけ潰すが、把握しきれていないのがあるはずだ。だからすぐに帰国しろ」
「……」
「これで契約は終了ということで」
「……わかった。どうもありがとう。気を付けて……」
「ああ……シンも気を付けてな」
マウリはそう言って電話を切った。
そして息を吐き出して、シートの背もたれに背中を預ける。
黒々した景色が後ろに流れ去ってゆく。
なんだか酷く空虚でやるせなかった。
マウリはポケットからビニール袋を取り出し、中の紙に書かれたシンの名前のカンジを指でなぞった。
書き順というものがあって、左から書いていくと習った。
薄暗がりの中で、それを書き順通りに何度もなぞる。
もっとたくさんカンジを習いたかった。もっとたくさん日本の言葉を知りたかった。
そしてシンと日本語で話したかった。
だがそれは叶わぬ。シンとの未来は自らの失態により、指の間をすり抜けていった。
もうどうでもいい。すべてがどうでもいい。
絶望的な気持ちになって目を閉じると、急速に意識が薄れていった。