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 グラスゴー郊外にある同盟の拠点は古城だった。
 部屋数が三十ほどの大きな城だ。
 ここで銃撃戦が起こっていた。
 一番近い人家が一キロほど先にあって、警察を呼ばれるのも時間の問題だ。
 幸い敵の増援はまだ到着していなかった。

 主戦場になっているのは二階の廊下らしく、外まで銃声が聞こえてくる。
 ラザロは見張りを残すと十一人ほどを連れて城に入った。
 エントランスは吹き抜けで、二、三階の室内窓から丸見えだから裏手から入る。
 一階の敵はあらかた倒されているようだ。
 ラザロは二階に上がり、廊下の奥から争いを見た。
 敵味方合わせて十五人ほどが部屋に隠れながら撃ち合いをしている。
 正面側が支部隊だ。
 ラザロは発泡許可を出し、部屋から頭を出した同盟員を撃ち殺した。

 敵がこちらに気付いてひるむ。
 その隙を狙って一気に距離をつめ、一番手前の部屋に手榴弾を投げ込んだ。
 ほぼ同時にチームのマリーノの投げた弾が横の部屋で爆発する。
 手を上げて部屋に押し入り、生き残りを始末した。
 鉄錆のような臭いがあたりに満ちる。部屋は血の海だった。

 それから支部体と合流し、上階を目指す。
 早く片をつけたかった。
 挟み撃ちにされないよう二手にわかれて階段を、撃ち合いをしながら上った。
 今のところ自分の班に負傷者はでていない。
 しかし支部隊の方は十人近く死傷者が出ているようだった。軟弱ものどもが。

「角にいるぞ!」

 そう言って階段を上がったところに手榴弾を投げ込む。
 悲鳴が上がって逆側の廊下から敵が頭を出した。
 即座にチームが発砲する。
 発砲音と共に鉛の球が飛び交った。
 先頭のマルコのバリケードに甲高い音を立てて弾が当たった。
 その陰から階段上に向かって打ち込む。
 ふたり倒れ、他が下がったところで階段を駆け上がり、畳み掛けるように攻撃した。
 東側の廊下にいた男たちが倒れていく。
 最後にこちらに背を向け角を曲がって隠れようとした男の頭を撃ち抜くと、あたりは静かになった。

「二階東制圧」

 無線で支部長に連絡を入れると発砲音と共に返事が返ってくる

「二階西制圧。三階西サンルームのあたりで交戦中」
「応援はいるか?」
「東から回ってきてくれ」
「了解した」

 無線を切り、振り返って言う。

「三階に上がる。サンルームで交戦中だ」
「はい」

 そのとき、別の無線が入った。
 屋敷のそばの雑木林に待機している部下からだ。

「車が来ています。二台。約二キロ先」
「警察か?」
「いや、違うようです」
「了解。一つ離れた林に移動しろ。こちらで迎え撃つ」
「わかりました」

 無線を切って言う。

「敵の増援がきた。おそらく十人前後だ。一旦庭に出て城に入るところを襲撃する。リコとルーベンは二階南の部屋に行って正面玄関から入る敵を狙撃しろ」
「了解」

 ラザロは再び無線を取り出した。

「こちらバルドーニ。敵の増援がきた。十人前後だ。一旦外に出て迎え撃とうと思うがもちこたえられるか?」
「当然だ。三階はほぼ制圧した。終わったらそちらに行く」
「了解」

 ラザロは無線を切り、階段を降りて外に出た。
 鋭敏になった耳に、遠くから車の音が聞こえる。
 ラザロたちは二手に分かれ、それぞれ正面玄関と裏口から少し離れた木立に身を潜めた。
 そして銃をもちかえ、スナイプの準備を整えた。
 車の音がだんだん近づいてくる。
 やがて扉の開閉音がして、ばらばらと人が降りてきた。
 あたりを見回しながら照明玄関に近づく男たちが立ち止まった瞬間に手を上げて狙撃の合図をした。
 サイレンサーつきの銃から次々発泡される。
 男たちはまもなく全滅した。
 ラザロたちは裏口から再び侵入し、上階にむかった。
 上りながら無線で通話する。

「バルドーニだ。状況はどうだ」
「問題ない。あと少しだ。そちらは?」
「殲滅した。地元のギャングだったようだ。今から合流する。三階か?」
「そうだ。残りはここだけだ。東から来い。手榴弾に気をつけろ」
「了解」

 ラザロは無線を切ると、東階段を上った。
 まもなく三階に到着する。
 長い廊下で撃ち合っていた。
 こちらに気づいた同盟員が声を上げる前に頭を撃ち抜く。
 それを合図にチームが一斉に発砲を始めた。
 発砲音と共に男たちが次々倒れてゆく。
 そのうちのひとりが何かを投げてきた。

「退け!」

 その瞬間にバリケードを持ったマルコが前進し、衝撃を一手に引き受ける。
 手榴弾が轟音と共に爆発した。
 ラザロは間髪入れずに投げた男を撃ち抜いた。
 そして撃ち合いが続き、残っていたふたりが倒れ、やがて発砲音がやむ。
 どうやら終わったようだった。
 ラザロは腕に傷を負っている支部長に駆け寄った。

「怪我は?」
「たいしたことない。上はもういないから終わりだ。ごくろうだったな。見直したよ」

 このジジイとその部下の被害状況などどうでもいいが、マウリのふりをするため一応聞いておく。

「何人やられた?」
「ざっと十人だ」
「では遺体を回収して引き上げよう重傷者を救護班の車に乗せる」
「了解。おい、マーク、ケビンを連れていけ」

 ブラックスミスが指示を出すと、部下のひとりが了解しました、と言って腹に傷を負ったメンバーを連れていく。
 ラザロは自力で動けない者を救護班の車に運ばせた。
 そしてバンに収容し、スコットランド南部にある組織の系列病院に搬送させる。
 そのとき、近づいてきたブラックスミスに声をかけられた。

「お見事だった」
「そちらこそ。よくやってくれた」

 白い口髭をたくわえた五十前後の老兵は笑った。

「正直見くびっていたよ。すまんね」
「いや、いい。慣れてるから」
「戦法について違いはあるが、お互いよくやったな。大手柄だ」
「ああ。これで九龍の販路が手に入る。協力に感謝する」
「君は……いくつだ?」
「二十五」

 そう答えると、ブラックスミスは言った。

「ロマーノ卿の息子にしては若いな」
「養子だ」
「なるほど。若い奥さんでももらったのかと思ったが」

 ラザロはその言葉の意味をしばし考えた。
 侮辱だろうか。

「ああ、そういう意味じゃない。年取ってからできた子かと」
「父に妻はいない」
「だよな。いずれにせよ、将来有望というわけだ」
「どうかな。じゃあ、俺は先に戻る。部下にもそう伝えておいてくれ」
「了解」

 ラザロはさっさと会話を切り上げてルカから渡されたピアスを外し、こちらに背を向けたブラックスミスのポケットに滑り込ませた。そして乗ってきた車の一台に乗り込んだ。
 そしてエンジンをかけ、グラスゴー国際空港に向かって走らせ始めた。
 そこではラザロのチャーター機が待機している。それに乗って、ロシアのヴォルクタ空港に向かう予定だった。
 ヴォルクタは国際線の乗り入れのない小さな空港だが、チャーター便が給油のために立ち寄ることはある。
 シンが乗っているプライベートジェットがそこで給油を行うことは調査済みだった。
 そこでシンと合流し、陸路でロシア南部の都市オムスクに向かい、その後オムスクの空港からニューギニアに飛ぶ。そういう計画だった。
 太平洋諸島のパプアニューギニアはラザロが以前仕事で訪れていいなと思った国だ。
 しばらく現地で生活していたので地の利もあるし、拠点もある。
 さらにマフィアや麻薬カルテルの活動がさほど活発ではないので安全だった。

 この計画にはシンも同意しており、ヴォルクタでの滞在時間を延ばしてラザロが来るのを待つことになっている。
 ラザロは少し前から秘密裏にシンと連絡を取っており、一緒に逃げる計画を立てていた。
 その際に、最初はあくまでマウリとして接し、自分の名を名乗らなかった。
 だがシンはすぐに違いに気づき、あなたは誰、と聞いてきた。
 ラザロは名を名乗り、自分はマウリの決断には納得していないこと、組織から抜けて一緒になりたいことを伝えた。
 シンは、ルカを襲ったのは君かと聞き、ラザロはそうだと答えた。
 そうしてルカにシンを侮辱されて許せなかったのだと釈明した。
 シンはそれを聞いて少し怯えたような顔になったが、拒絶はしなかった。
 そして、以後自分のためにそういうことはしないでくれと言い、この逃走計画においてもなるべく人を傷つけないでくれ、と言った。
 ラザロが同意すると、シンはさらにもう一つ条件を出した。
 それは、人質であったショースケを一緒に連れて行くことだ。

 そういわれたとき、ラザロは悩んだ。
 こういった計画は、携わる人数が多ければ多いほど失敗のリスクが高まる。
 まして相手は話したこともない男だ。そんな人間を計画に入れるのは危険すぎる。
 どうしようか頭を悩ませたが、シンは信用に値する男だと断言した。
 自分を助けてくれたラザロを裏切るようなことは絶対にしない、と。
 それで最終的にはショースケも連れて行くことにした。
 だが少しでも行くのをゴネたりしたら殺すつもりだった。

 また、ラザロはこの計画がバレると阻止される恐れがあるためマウリには秘密にしてほしい、とシンにお願いした。
 あのお気楽チキン野郎は計画を知ったらまず間違いなく邪魔してくると思ったからだ。
 幸いシンはラザロの指示通りにしてくれて、今日にいたるまで二人の計画は外に漏れていない。
 だからうまくいくはずだ。この計画はきっとうまくいく。
 そしてシンと共に生きる未来を手に入れられる。
 ラザロはそう思いながらひたすら車を走らせるのだった。