4-7

 第二ラウンドは特技審査で、出場者はおのおの楽器演奏や踊りといった特技を披露する。
 ウォーキングだけだった第一ラウンドとは違いひとり三分ずつかかるので、番号の十番前になったら待機するようにとのことだった。
 そこでそれまで話していたカレルリが司会のためいなくなったのでクロフォード周辺に探りでも入れにいくか、と腰を上げかける。
 だが、立ち上がる前に数人の招待客に囲まれた。
 顔見知りとそうでないのが半々ぐらいだ。
 内心舌打ちをして、マウリはソファに再び座った。
 顔馴染みのサヴォイアが口火を切る。
 銀髪の中年男で、王家の血を引いている人物だった。

「先ほどのステージ、素晴らしかったよ。この後も引き続き参加するのかな?」
「ええ。最後まで参加しますよ」
「ほう、それはそれは……」

 品定めするように見てくるサヴォイアに不快感を感じながら、さりげなく聞く。

「ところであの『孔雀の涙』、今日初めて目にしましたが、やはりダイヤとは違いますね。本物でしょうかね?」
「おそらく。しかしどこで手に入れたのやら」
「こちらでは見ませんね。イギリスではいくらか流通しているのですか?」

 すると、イギリス貴族のノーサンバランド伯爵が首を振る。

「いや、聞いたことありませんね。私も興味があって探してはいますが」
「そうですか。するとどこかな……?」

 やはりあの子供の話は嘘だったらしい。
 まあ軽々しく本当のことを言うわけもない。
 こちらが条件を満たしたら言うつもりだろう。
 ステージ上に目をやると、ちょうど件の少年が出てきたところだった。
 ただ下品な踊りをしているだけだが、宝石の美しさがすべてを帳消しにしている。
 次々違う照明を当てられて、石はさまざま色を変えて光っていた。
 あれは本物らしい。
 なるほど、あれは欲しくなるな、と思いながら周りの客たちと品定めをする。
 彼らも本物だろうとの見解だった。
 やがて子供の出番が終わり、順番が回ってくる。
 踊るのは嫌なので歌で誤魔化し、最終ラウンドの表現審査が始まる前にアルを呼び寄せて命じた。

「いいか、絶対に触るな。触らずそれっぽく演技しろ。上は全部脱ぐ。減るもんでもないしな。そのぐらいやればさすがに三位にいくだろ」

 するとアルは白い手袋をはめた両手を見せた。

「喜べ、手袋を入手した。これで発作のリスクはゼロだ」
「やるじゃねえか。よし、普段女鳴かしてるとか散々自慢してる奴のテクを見せてもらうぜ。法螺吹いてるかどうか、今日でわかるな」
「ふん」

 肌と肌の接触が人格交代の引き金になることが多いため、この手袋作戦はかなりいい。
 アルは何だかんだ付き合いが長いので、その辺きちんと心得ていた。
 口も性格も悪いが、こういうことを任せられるのはアル以外にいない。
 アルは基本的にマウリを舐めくさっている。
 だが今回のようにパーティには必須だった。
 マウリには解離性同一性障害があり、セックスに限らず性的な行為が始まると人格交代が起こる。
 出てくるのは主に子供の人格・サムエーレなので、判断力は皆無だし、その間の記憶もなくなる。
 そして意識が戻るタイミングもコントロールできない。
 そのため、こういったパーティには監視役が必須だった。

 それがアルだ。
 性格に難はあるが、公私混同をしないアルは適任だった。
 その上ロマーノを崇拝しているから口も固い。
 この病気は表沙汰になると困るので、アルが適任だった。
 マウリはそんなことを考えながら第三ステージに移行した舞台から目を逸らした。
 好きでもない人間のマスターベーションなど見ても面白くもなんともない。
 あれがもしシンだったら……それは見るが。

 絢爛豪華に飾り付けられた城で、夜が更けてゆく。
 軽くつまみながら酒を流し込んでいると、やがてあの銀髪の子供が出てきた。
 宝石はまだ身につけている。
 あのままパフォーマンスに入るらしい。
 とにかく見せびらかしたくて仕方ないのだろう。
 クロフォード伯の自己顕示欲に呆れながら眺めていると、大男がふたり出てきて子供に手を伸ばす。
 そこでマウリは目を逸らした。死体も散々見てきたが、こういうのだけは我慢ならない。
 吐き気がして手近にあったシャンパンをまた流し込んだ。
 こういうのがあるからカレルリのパーティは嫌いだった。
 ペド野郎は隔離しておけ、と内心吐き捨てながらひたすら酒を煽る。
 会場は熱気に包まれてゆき、審査ではここまでの最高得点が出た。
 どいつもこいつも腐ってやがるのだ。
 シンを参加させなくて本当によかった、と思った。

 その後もさまざまなパフォーマンスが行われ、やがてマウリの番がくる。
 マウリはアルと共にステージに立ち、ジャケットとシャツを脱ぎ捨てた。
 そしてアルとキスの真似事を始めた。
 アルの手が二人の口元を隠し、それっぽく見せる。
 それが終わるとアルはマウリを正面に向け、その背後から抱きしめて腹や胸や下半身に手を這わせるふうの演技をした。
 手も体もぎりぎりのところで触れていないが、やり方が手慣れている。
 普段星の数ほど女を抱いているとか豪語しているのは全くの嘘ではなかったようだ。
 そのことに何となくイラッとしながらそうやって三分経つのを待った。

 その三分は想像以上に長かった。
 死線を幾度となくくぐり抜けてきたマウリにもこういう経験はない。
 客席は暗く、スポットライトが当たるステージ上からはほぼ見えないはずなのに、男達の目がやけに光って見えた。
 やっぱりこんなことやるんじゃなかった、と後悔しながら表現審査を終えたマウリは、舞台に脱ぎ捨てたタキシードを拾ってステージから降りた。

 そして服を着て、上手かっただろ、とかほざくアルを軽く殴りつけ、席に戻って酒を煽った。
 気のせいか周りから見られているような気がする。
 これで子供が手に入らなかったらとんだ道化だな、と思いながら審査結果を待つ。
 結果は二位だった。そしてあの子供は四位だった。これで正式にあのペットを入手できる。
 マウリは息をつき、表彰式が終わるのを待った。
 
 そうして無事にクロフォードのペットを入手する。
 クロフォードは思いのほかあっさりプラチナブロンドの子供を手放した。そうしてちょうど替え時だったんだ、とか嘯いて帰っていった。
 マウリは次々話しかけてくる招待客を適当にいなし、カレルリに辞去のあいさつをして城を出た。
 外に出たとたんに息が楽になる。城の中はまがまがしく、閉塞感があった。
 マウリは振り返って子供を抱えて歩いてくるアルに言った。

「おい早くしろ」
「待てよ、こっちは人一人抱えてんだぞ」
「人っつってもガキだろうが」

 クロフォードが連れてきた子供は会が終わるころには意識を失っていた。
 薬のせいか、単に寝落ちしただけかはわからないが息はしているから死んではいないだろう。
 マウリとアルが出てきたのを見て、乗ってきたベンツの運転手が車を回し、正面玄関付近につける。
 マウリは車にさっさと乗り込み、タイを外した。
 のろのろしているアルにイライラしながら待っていると、ようやく車に到着し、よっこらせ、と子供を座席に寝かせた。
 その体にはまだシースルーの衣装しか身に纏っていない。
 それを見て舌打ちし、マウリはタキシードのジャケットを脱いで被せた。
 そのとき、子供が目を開ける。目はマウリと同じく空色だった。
 子供は大きな目を瞬かせ、マウリをじっと見た。そして舌っ足らずに言う。

「おにぃちゃん?」
「俺はお前の兄ちゃんじゃねえ。新しいご主人様だ。言っただろ、情報くれたら助けてやるって」
「うん、覚えてるよ、ぼく……」

 しかしそこで口をつぐんでしまう。まだ意識が不明瞭のようだ。

「いいからとりあえず寝ろ。話は明日じっくり聞く」
「おにぃちゃんのおうちに連れてってくれる?」
「それはお前の態度次第だな。『孔雀の涙』の情報をくれたら考えてやる」

 引き取る気は毛頭ない。子供を育てられるわけがないからだ。
 ロマーノに目をつけられたら、また同じような運命をたどることになる。
 とりあえずはホテルに滞在し、必要な情報を入手したら里親を見つけるつもりだった。

「わかった。ぼくねぇ、いろいろ知ってるんだ。教えて、あげる、明日……」

 そうして子供は再び眠りについた。
 マウリはため息を吐き、運転手に市内のホテルに向かうよう指示した。


 その晩はアルと子供と三人で市内のホテルに泊まった。
 いくつも寝室がある広い部屋を取り、三人別々に寝たはずだったが、目覚めるとクロフォードのペットの少年が体にひっついていた。
 マウリはため息をついて自分にしがみついている子供をおしのけた。
 すると、子供の銀のまつ毛が震えて目が開く。
 彼は、笑みを浮かべてこちらを見た。

「おはよー」
「ああ……」
「おにぃちゃんのおうち行きたい。連れて行って」

 マウリはベッドから降りると、続き部屋への扉を開けて、隣室でぐーすか寝ているアルを揺さぶり起こした。

「おい」
「ふああ、ん?」
「起きてあの子の世話をしろ」
「はあ? 何で俺が」
「俺ができねぇからに決まってんだろ」
「しゃーねぇなあー……」

 アルは渋々といった感じで起き上がり、子供を風呂に入れて部屋に唯一あった子供用の服――パジャマを着せ、朝食を食べさせた。
 思ったよりも食欲があるらしくたくさん食べたので、とりあえず緊急で医者を呼ぶ必要はないだろうという結論になり、早速尋問を開始した。
 子供はダイニングテーブルで足をぶらぶらさせながら、向かい側に座ったマウリをニコニコと見た。
 薬の禁断症状が出ている様子がないので、依存性のある薬物は使われていなかったようだ。

「まず名前は?」
「ミカエル」
「年齢は?」
「わかんない」
「じゃあクロフォードのとこいく前はどこにいた?」

 ここでミカエルが予想外の反抗をする。

「なんで? おうち連れてってくれないの?」
「事情がある」
「おうちに行ったら教えてあげるよ」
「あのなあ、交渉できる立場かよ?」
「僕、おにぃちゃんのいうことなんでもきくよ」

 こぼれ落ちそうな目で見つめてくる子供にイライラしてくる。

「うちの父親がクロフォードみたいなペド野郎だから、家に行ったらおんなじようなことされるぞ」

 すると子供が途端に怯え出す。

「嫌だ……もうあれは嫌……」
「だからここで話せ。ちゃんと話したら適当な家を見つけてやる」
「家?……だけど、おにぃちゃんと一緒がいいよぉ」
「俺はお前の兄ちゃんじゃない。何回言わせるんだ」
「だけどぉ……」

 メソメソしだしたミカエルにイライラが頂点に達する。頭痛も酷かった。

「いい加減にしねえとクロフォードに送り返すぞ。いいから聞かれたことに答えろ」
「えぇん、怖いよう……」

 そこでそばで見ていたアルが立ち上がって泣き出した子供の頭を撫でた。

「おお、怖いねえ。よしよし。もうちっと優しくしないとなあ。子供の扱いわかってねえなあお嬢ちゃん」
「だったらてめえが吐かせろ。もうこれ以上付き合ってらんねえ」

 マウリは席を立って部屋を移動し、寝室に行った。
 そして窓辺のテーブルとセットになった椅子に座り、頭痛薬をコーヒーで流し込む。
 子供の泣き声は大嫌いだ。
 耳障りだしイライラしてくる。
 手持ち無沙汰なので適当に新聞を読み、クロスワードパズルをしていると、やがてアルがノックして入ってくる。
 マウリは新聞をテーブルに置いた。

「どうだ?」
「前はロスのゴールドスミスっていう富豪のところにいたそうだ。モルガン系だな。宝石のオマケだったらしい」

 イギリスの教会で買ったとかいう話はやはり嘘だったらしい。

「なるほど。ちょっと調べてみるか」
「それがいい。『孔雀の涙』を掘り起こした本人かもしれねぇしな。それにしても……昨日はおったまげたぜ。お前があんなに体張るとはね」
「遊び半分だよ。色々経験しといて損はない」

 マウリはそう言うと、立ち上がって部屋から出ようとした。
 すると後ろから声がかかる。

「甘ちゃん」
「なんだって?」
「ミスター・ハタケヤマにそう言ってたが、お前の方がそうなんじゃないのか? 本当はあの子供を助けたるためにやったんだろ?」
「ンなわけねえだろ。相変わらず頭がお花畑だな」

 振り返って睨んだが、アルは妙に確信めいた口調で言った。

「子供は敏感だ。だから善人をすぐ見分ける。あの子がお前にすぐ懐いたのは、お前が絶対に自分を傷つけることがない人間だとわかったからだ。……『孔雀の涙』の情報なんて優先度が高い情報じゃない。そりゃ持ってるにこしたことはねぇだろうけどな。それなのに何であの変態コンテストに参加したか? 答えは一つだろ。
 ああ、俺は心配だよ。これからファミリーを背負って立とうという男がこんな柔らかハートの持ち主じゃぁ」
「勝手にほざいてろ」

 マウリは大げさに嘆いてみせるアルを無視してダイニングに戻った。
 するとソファの前のテーブルにブロックを積んで遊んでいたミカエルがパッと立ち上がって駆け寄ってきた。

「おにぃちゃん、帰るの?」
「ああ」
「また来る?」
「来ない」

 そう言って背を向けようとすると、服の裾を掴まれる。
 ミカエルはまたぐずぐずと泣き出した。
 マウリはため息を吐いて言った。

「ちゃんとした家見つけてやるから」
「うっ……うぅっ……一緒にいき、たい……」
「だから、言っただろ、ウチには変態がいるんだよ」

 それは事実だが、完全な真実というわけではない。確かに父ロマーノはペドフィリアだが、その屋敷に行かなければ済むだけの話だからだ。
 そこから少し離れたマウリの自宅に連れてゆけばいい。
 だが、仕事で長期間家を空けることのあるマウリに子育ては不可能だった。
 その間にロマーノが味見に来ないとも限らないからだ。
 そしてマウリの使用人たちの中でロマーノに逆らえる者はいない。

「それでも、いいよ……我慢、するっ……いい子に、してるからっ……」
「良くない。ったく、しょうがねえな、じゃあわかった、こうしよう」

 すると子供は泣き止んで大きな瞳でマウリを見上げた。

「俺はバルドーニファミリーにいる。聞いたことあるか? ここら辺じゃちょっと名の知れたマフィアだ。十八になったら雇ってやるからそのときまだ来たかったら来い。それまでは大人しく里親んとこで暮らせ」
「名前は?」
「マウリ。マウリ・バルドーニ。誰にも言うなよ」
「ほ、ほんとう? ほんとうにほんとう?」
「昨日も約束守っただろ」
「ぼく……わかった!」
「よし」

 そう言って頭をポンと叩くと、ミカエルはやっと手を離した。
 そして目を擦りながら出口に向かうマウリに言う。

「ぜったい、ぜったいだよ。ぜったいぜったいぜったい」
「わかったよ」

 マウリは頷き、部屋から出て扉を閉め、ホテルを後にしたのだった。