1. 【A面】

 

『スーパーロータス』通称スパロウは、不遇のグループと言われてきた。

 特に不祥事を起こしたわけでもないのにデビューまでが長く、デビューしてからも露出が少なく日陰者。

 とてもトップアイドルにはなれそうもないボーイズグループ、それがスパロウだった。

 メンバーは四人。リーダーの佐渡淳哉、最年長の吉澤拓と斉木秋、そして最年少の東條明彦だ。

 年齢構成は、最年長の拓と秋が二十九歳、リーダーの淳哉が二十六歳、そして最年少の明彦が二十五歳だった。

 年長組の拓・秋はスパロウ以前に『サマーボーイズ』というグループで活動していたが、解散となったのち、スパロウの初期メンバーとして活動を開始していた。

 二人のうち、特に拓は後輩に厳しいことで知られており、事務所の練習生には敬遠されていた。

 しかし、ダンスの才能は随一で、レッスンの時に必ずといっていいほど名前が出る存在だった。

 秋は、そんな拓の親友であり、前のグループで拓のほか唯一辞めずに残ったメンバーだった。

 長身の拓より一回り小柄で、金髪がトレードマークの先輩だ。

 

 そして、リーダーの淳哉と明彦に関しては、これといった印象がない。

 優馬たち練習生の中で話題に上ることもなく、正直顔もよく知らなかった。

 彼らは四年前にデビューして以来、同期のグループに大きく水をあけられ、これといった活躍もなかった。

 恐らくひと花も咲かせられずに終わるだろう、と噂されていたスパロウにメンバー追加が発表されたのは、つい最近のことだった。

 どういった意向かは知らないが、テコ入れして再び売り出すことにしたらしい。

 自分--赤城優馬を含む練習生の中で、選ばれたい人はいなかっただろう。

 デビューして四年も経つのに何の成果も残せないグループがこの先どうにかなるとは思えない。

 選ばれた子は完全なはずれくじだ。だから、絶対に選ばれたくなかった。

 だけど……。

 

「嘘だろ……」

 

 事務所の練習室の入り口に貼ってあったスパロウ追加メンバーの欄には、赤城優馬の名前が他二人ーー水沢彰と黒田隼人と共に載っていた。

 隼人は入ったときからの友達で同期だ。しかし、もう一人は知らなかった。

 一緒に見に来た練習生はどこかほっとした表情をしながら、良かったな、と口々に言い、優馬の肩を叩く。

 皆、選ばれなかったことにホッとしているのだろう。

 

 一緒に掲示を見に来た隼人を見ると、やはりどんよりした顔でこちらを見ていた。

 そういう反応をしたくもなるだろうな、と思う。

 華やかな容姿とダンスの才能がある隼人は、練習生の中でも目立っていて、同じような子達と早期デビューを囁かれていた。

 上層部にも目をかけられていて、他の練習生とは扱いが違い、力を入れて育てられている。

 だから、華々しくデビューするものだと思われていた。

 しかし、蓋を開けてみれば売れないグループに中途加入だ。

 落ち込むのも道理だった。

 

 逆に優馬は、自分の処遇にはどこか納得していた。

 認めたくはないが、スパロウにはピッタリだと思ったからだ。

 華がなくて、悪い意味でアイドルっぽくない。

 一般社会にいるときは多少ちやほやされて勘違いしていたが、アイドル事務所に入ってみると自分より格好いい人の方がはるかに多かった。

 それで自分の限界を知ったのだ。

 自分は、憧れていたアイドルのようにはなれないと。世間に広く認知されるようなグループには入れないと悟った。

 事務所--夏川エンターテインメントに入れたのはコネに過ぎなかったのだ。

 実は、優馬の叔父は事務所の会長だった。

 実力で認められたくて何も言わずに面接を受けたが、気付いて入れてくれたのだろう。

 それで辞めるとも言えずにここまできたが、今思うとその優しさが残酷な気もした。

 

「はあ……」

 

 思わずため息がこぼれる。

 あそこは先輩が怖い感じだから余計に気が重い。

 売れていなくても先輩と仲が良ければまだしもだが、スパロウのメンバーとはほぼ接点がない上、練習生からの評判も悪い。

 泣きっ面に蜂とはこのことだった。

 優馬はその日、重い脚を引きずるようにして帰宅したのだった。

 

 ◆

 

 スパロウメンバーとの初顔合わせはその四日後に、事務所本社ビルのスタジオで行われた。

 優馬を含む新メンバー三人が四人とそのマネージャーと会い、あいさつをするのだ。

 その様子は撮影され、後日ネット配信されるらしかった。

 初めて知ったが、スパロウは動画配信サービスで冠番組を持っていた。

 そこで新メンバー歓迎企画として流れるらしい。

 優馬はそれでいよいよグループに加入したのだと実感し、はじめてワクワクしてきた。

 番組で特集してもらえるなんて、練習生時代には考えられなかった待遇だ。

 それがどんな小さな番組であれ、自分が中心の企画をやってくれるのだ。

 ワクワクせずにはいられなかった。

 

 隼人も同じようで、二人でドキドキしながらスタジオの扉を開けた。

 二十畳くらいの明るいダンススタジオには、すでに先輩たちが座って談笑していた。

 全員ジャージ姿で、誰かが言った冗談に笑っている。

 違和感を覚えたのは、そこに三人しかいなかったからだ。

 彼らがリラックスして過ごす姿を、数人のスタッフがカメラで撮っていた。

 そのうちのひとり、ディレクターと思しき眼鏡の中年男性が手招きして合図する。

 優馬は覚悟を決め、声を張り上げて挨拶した。

 

「失礼します! 今日からグループに参加させていただく赤城優馬です。よろしくお願いします!」

「同じく黒田隼人です! よろしくお願いします!」

 

 声を張り上げて挨拶し、頭を下げると、こちらに背を向けていた拓が振り向いた。

 

「お、誰?」

「新しい子じゃね? 今日その撮影してるだろ」

「ははっ、秋、お前忘れてたのかよ。ごめんね、入って入って」

「失礼します」

「はいここ座って。何歳?」

「二十一です」

「二十三です」

 

 腰を下ろしつつ答えると、秋が口笛を吹いた。

 

「若いねえ」

 

 拓は、パーマを当てた長めの茶髪をかき上げた。

 髪型が地味な日本人顔に合っていない。

 この場にいる他のメンバーと同じく、華がなかった。

 イケメンじゃないわけではない。一般社会にいたら十分整った顔立ちだろう。

 だが、美形揃いの芸能界においては、平均というほかない容姿だった。

 これでスパロウの人気がないわけがわかった。単純に見た目の問題だ。

 ダンスは確かにうまいが、皆普通すぎるのだ。

 一般社会でのイケメンは、ここでは通用しない。

 おそらく、純粋なダンスグループとして売り出せば売れただろう。

 しかし、夏川はアイドル事務所であり、ファン層が期待するのは顔面偏差値八十のイケメンだ。

 その中で埋もれてしまうのも無理はなかった。

 

 先のことを考えて暗い気持ちになりながら、質問に答えてゆく。

 噂の拓は、カメラが回っているからか、そこまで威圧的でもない。

 これは良いことだった。

 思ったほど怖くないことにホッとしながら話していると、スタジオの扉が開く音がした。

 そして、大きな紙袋を両手に抱えた黒い練習着姿の若い男が入ってくる。

 彼は、スパロウのリーダー、淳哉だった。

 

「すみません、小道具準備してたら遅れちゃって」

「おせーぞ、さわ」

「先輩が遅刻してどーすんだよ」

「すいません」

 

 拓と秋に再び謝ってから、淳哉はこちらを見た。

 

「「え……?」」

 

 その瞬間、驚いて声が漏れ、隼人とハモる。

 淳哉は、ザ・アイドルといった感じのイケメンだった。

 はっきりした二重の目元は甘く切れ長、鼻筋が通っていて唇は薄い。

 顎のラインも綺麗で、女性的にならない程度に小作りに整った顔だった。

 そして手足はすらりと長く、バランスが良い。

 身長も百八十近くある。

 つまりめちゃくちゃイケメンだった。

 

「ええと、隼人くんと優馬くんだよな。今日からよろしく!」

「よ、よろしくお願いします!」

 

 微笑みかけてくる淳哉に挨拶し、頭を下げる。

 そうして顔を上げてもう一度見てみても、淳哉は二次元みたいな顔のままだった。

 事務所に入って三年。色々な先輩と会ってきたが、これほどの美形にはお目にかかったことがない。

 予習でコンサート映像を見たときは、流し見で引き画しか見ていなかったから気づかなかったのだ。

 スパロウは、リーダーだけがとんでもないイケメンという謎グループだった。

 

「さー、みんなこれ着けて〜」

 

 そう言って淳哉が車座になったメンバーの中央に紙袋の中身を出す。

 すると、サンタの付け髭やらトナカイの赤鼻やらがどさっと出てきた。

 

「やっぱやんのか……」

「言ったじゃないですか、サンタのコスプレして歓迎会やろうって。プレゼントが新メンバーっていう設定で」

「あれ、そういや一人足りないな。いや初日から遅刻なんて良い度胸してんじゃねーか。水沢ってヤツ?」

 

 不穏な言葉を口にした秋に、明彦が宥めるように言う。

 

「きっと緊張で昨日眠れなかったんですよ」

「だったらオールで来い。そう思うよな?」

「まあ、舐められてはいるよな」

 

 拓も頷く。

 水沢って奴、完全に終わったな、と思っていたまさにその時、練習室の扉が再び開いた。

 そして、すらっと背の高い美男子が入ってくる。

 

「あれ? どこかで見たことあるような……」

 

 同じことを思ったらしい一同が黙り込む。

 淳哉に引けを取らぬ王子然としたルックスに、堂々たるオーラ、そして、滑らかな少し鼻にかかったテノールの声と、右目の下の特徴的な泣き黒子。

 艶やかな黒髪をセンター近くで分け、前髪を半分上げてワックスで固め、ラフなライン入りジャージまで着こなすそのイケメンは、最近『スターライトレイヤーズ』という国民的ボーイズグループを脱退したばかりの桐生連にそっくりだった。

 

「すんません。記者まくのに手間取って遅れました」

「あんた、まさか……」

「あ、そうです。桐生連です。でも、前の名前は捨てたんで、水沢として扱って下さい。本気で頑張ります。よろしくお願いします」

 

 そう言って頭を下げた桐生連、もとい水沢彰に、皆混乱していた。メンバーの誰もそのことを知らされていなかったようで、怪訝な表情で顔を見合わせる。

 そうして拓が全員の疑問を口にした。

 

「……マジで桐生連さんすか?」

「昔は」

「本人?」

「はい。でもこちらでは新人なんで、そう扱ってもらって全然大丈夫なんで」

 

 そう言って漆黒の髪をかく。少し居心地が悪そうだ。

 撮影で入っているスタッフも知らされていなかったのか、ざわめいている。

 カメラマンはしっかりと桐生の寄りを取っていた。

 

「……何で向こうの事務所やめたんすか?」

 

 その拓の直球の問いは尤もだった。

 桐生連といえば、アイドルとして成功し、俳優、モデルとしても一線で活躍していた有名タレントだ。

 二十歳で『スターライトレイヤーズ』の一員としてデビューしてからその人気は留まるところを知らず、出す曲出す曲でオリコントップを独占。

 東京ドームでのグループ単独公演も早々に達成し、冠番組も持ち、ドラマ・映画でも活躍して、当代を代表する男性アイドルとして芸能界に確固たる地位を築いていた。

 

 しかし、二ヶ月ほど前に突然グループを脱退した上事務所を退所し、以後芸能活動がぱったりなくなったことから、ファンの間ではさまざまな憶測が飛び交っていた。

 アイドルとしてだけでなく、俳優やモデルとしても活動していたため、世間でもちょっとした話題になったのは記憶に新しい。

 その桐生連が突然うちの事務所のグループに加入?

 わけがわからなかった。

 

「まあ、一言で言うとこいつっすね」

 

 説明を求められ、連……もとい彰が指差したのはリーダーの淳哉だった。

 彰が来てから一言も発していない淳哉に全員の目がいく。

 彼は、こわばった顔で彰を見上げていた。

 

「さわと知り合い?」

「知り合いっつーか幼なじみっす」

「ええ!? さわ、マジかよ」

「まあ……」

「何で言ってくれなかったんだよ。騙されたわー」

「すいません」

 

 憤慨した秋に謝り、淳哉は目を細めて再び彰を見た。

 そして冷たく一言言った。

 

「出てけ」

「は?」

「ここにお前の居場所はない。ふざけるのも大概にしろ」

 

 淳哉は立ち上がってつかつかと彰に近づき、相手を睨み据えた。

 そこでスタッフが慌ててカメラマンに撮影を止めるよう指示を出し、そわそわし始める。

 

「そんな睨むなよ。ちゃんと本気だって。一緒にテッペン取ろうって言っただろ。覚えてる? そのために来たんだよ」

「冗談だよな? ふざけてるだろ。……何かの企画か?」

「違うって。マジで、ちゃんとしたアイドルになりたくて来たんだよ」

「嫌味か?」

「何でそんなに疑うんだよ。言ってただろ、今年で向こうとの契約切れるって。で、やっぱお前とやりたかったからさ」

「……そんなに甘くないんだよ。お前、そもそも踊れるのか? 撮影ばっかでろくに動いてないだろ。それに歌は?……やってけるわけないだろ。さっさと帰って社長に土下座でもするんだな」

 

 淳哉の言葉にスタジオが凍りつく。

 番組ディレクターらしき男が仲裁に入ろうとしたとき、彰が言った。

 

「そう来ると思ったよ。だから二ヶ月休んだんだ。すいません、『パラダイス』の音源あります?」

「あるけど……」

「じゃあそれ、かけてもらえますか?」

 

『パラダイス』は、スパロウの代表曲の一つだった。

 キャッチーなアップテンポの曲で、コンサートでもリクエストが多い曲だ。

 加入を知らされて優馬が一番に練習した曲でもあった。

 振りはまあまあ込み入っていて、経験者でもかなり練習がいるレベルだ。

 それをスパロウメンバーは完璧にシンクロして踊ることができた。

 

 その曲がかかると、彰は踊り出した。

 振りは完璧で、まるで豹のようにしなやかな動き。長い手足を目一杯使って空間を支配する。

 圧倒的な存在感に目が離せないでいるうち、曲は終わった。

 彰が息をついて、どう?と尋ねる。

 秋、拓、明彦は声を上げて称賛したが、淳哉はただ一言言った。

 

「どうせこれだけ猛練習したんだろ」

「他のもいけるよ。次『アンダルシア』ありますかね?」

「いやあ、さすが桐生君だなあ。あるよ。かけるね〜。あと、そろそろカメラ回していいかな? せっかくだし」

 

 聞かれた淳哉はスタッフの方を振り返り、謝った。

 

「さっきはすみませんでした。ここ最近連絡取れなくて心配してたからつい……」

 

 その言葉に彰が反応する。

 

「あっくんごめんな。ダンス練で山ごもりしてたからさ。電波の届かないとこで野宿してて」

「……お前マジでふざけるなよ。後でじっくり話聞くからな」

「まあまあ、そのくらいにして。じゃあ次の曲いきますかー」

「お願いします!」

 

 仲裁に入ったディレクターが指示を出すと、再びスタジオに音楽が流れ出す。

 それは、スパロウの持ち曲の中でも特にダンスの難度が高い曲だった。

 事務所に入るずっと前からダンスを習っている優馬でも難しいと感じる曲だ。

 その選曲で、彰が単なる冷やかしではないとわかった。彼は本気でスパロウでやっていくつもりなのだ。

 それに気付いたとき、パッと目の前が明るくなった。

 

 彰のファンの大半は今後スパロウに注目するだろう。そしてファンの数は数十万単位である。

 スパロウが売れるのは間違いがない。

 ついでに、ルックス抜群の幼なじみ二人の仲の良さをアピールすれば人気は更に出る、と確信する。光明が見えた瞬間だった。

 問題は、今現在はめちゃくちゃ仲が悪いことだ。特に淳哉は彰への当たりが強い。

 まずはこれをなんとかせねばならなかった。

 

 一通りダンスが終わると、淳哉以外のスパロウメンバーは歓迎ムードになっていた。

 優馬と同じことを感じたのだろう。

 淳哉もそれを受け入れる形でひとまずは彰の加入を承諾したが、渋々といった感じだった。

 その後、クリスマスパーティー兼新メンバー歓迎会が場所と衣装を変えて行われたが、二人は二言三言しか言葉を交わさずに終了したのだった。

 

 ◆

 

 それから優馬は、二人の確執がなんなのか調べ始めた。

 二人が幼なじみというのは本当で、実家が同じマンションの隣同士だった。

 そして、小中高と同窓だったらしい。

 彼らはまごうことなき幼なじみだった。

 そんな二人が道を分かちたのは高三のとき、きっかけは彰がスカウトされたことだった。

 同じダンス教室に通っていて、二人とも将来はそちらの道に進みたいと思って、今優馬がいる事務所、夏川エンターテインメントのオーディションを受けた。

 両方が受かっていたが、その連絡が来る前に彰は外出先で偶然別の芸能事務所からスカウトされた。

 そして、彰はそのまま別事務所に入り、淳哉と道を分かちたのだ。

 

 結果的に成功したのは彰の方だった。

 彼はそれから瞬く間にデビューが決まり、芸能界の第一線まで躍り出た。

 対する淳哉は、予定通り夏川事務所に入ったはいいものの、デビュー後も不遇で泣かず飛ばずだった。

 それでも地道に努力を重ねてやってきたところへ、突如彰が現れ、グループに加入すると言い出したわけである。

 当たりが強くなるのも道理だった。

 

 彰が加入すればスパロウは間違いなく注目の的になる。

 知名度も人気も出るだろうが、当然注目されるのは彰であり、淳哉たちはオマケになる。

 それまで苦労して積み上げてきたものを全否定されて、スパロウは彰のためのグループになるのだ。

 そんなことを、誰も望まないだろう。だから、淳哉の怒りもわかる。

 しかし、スパロウが売れるためには彰が必要だ。

 彼がいなければ一生日の目を見ずに終わるだろう。そんなのは嫌だった。

 せっかくグループに入ったからには絶対に売れたい。

 そのためには、表面上だけでも淳哉と彰に、仲の良い幼なじみを演じてもらう必要がある。

 そう思った優馬は、ひそかに二人の和解作戦を立て始めたのだった。