やがて季節は夏になった。
信は秋津の存在に幸せと辛さを同時に感じながら受験勉強を進めていた。
秋津はプロだけあってカリキュラムの組み方もうまく、準備は順調に進んでいたが、一緒に過ごす時間が長くなるにつれて秋二への渇望が増してゆくのは抑えようがなかった。
アンダーソン秋二ーーかつて白銀楼で可愛がっていた部屋付き禿。くるくるとよく変わる表情が魅力的な美少年だった。
快活で、分け隔てなく誰もでも話し、率直にものを言うーー信にないものばかりを持った子だった。
成長してくれればあるいは、という思いは正直あった。
当時は子供だったので手を出せなかったのだが、成長したら想いを伝えたいというぐらいの気持ちはあった。
だが、それは叶わなかった。信が店を出てしまったからだ。
そのくらい想っていた相手に、この家庭教師は似すぎている。
とにかくひとつひとつの言動がソックリなのだ。相手に親近感を覚えるなというほうが無理だった。
秋津の方もこちらをそう悪く思っていないらしく、信を友人たちとの集まりや飲み会に呼んでくれるようになった。
おかげで森とその愛人たち、そして近所のマダム以外にも交友関係ができて生活に潤いが出た。
外界というのは確かにこんな感じだったな、と思いながら信はありがたくその好意を受け取っていた。
その穏やかな日々を乱す報せがもたらされたのは、夏の終わりのある日曜日のことだった。
いつものレストランで森とディナーをとっていた信は、そういえば、と話の流れで森がなにげなく口にした言葉に凍りついた。
「立花、留学したらしいぜ」
「……留学?」
秋二の源氏名は立花だった。森の言葉に、信は食べるのをやめた。
「ああ。笠原さんって……信の元客だっけ?」
「うん。あんまり来てなかったけど」
笠原玲は店の共同オーナーの一人で、経営状態の確認のためにたまに来る客だった。男には興味がなかったはずだが……。
「その人が落籍(ひい)たらしい。で、仕事の関係でイギリスだかに行くことになって、一緒に行ったって」
「そんな……でも、あの人は男に興味なかったはず」
「途中で変わることもあるんじゃねえの?」
向かい側の席でホタテのソテーをつついていた森はこともなげにそう言った。
「秋二がイギリスに……?」
「なんだ知らなかったのか? 久々に行ったらその話題で持ちきりだったぜ」
急激に食欲が減退して、信はナイフとフォークを置いた。
「……いつ?」
「1カ月前とか言ったかな。それよりもっと前に落籍れてたみたいだけどな。よかったよなあ」
「……。章介は元気だった?」
友人の名前を出すと、森は頷いた。
「ああ。元気そうだった」
「そっか」
鶴見章介は店の同期で、おそらくは最も親しかった友人だ。店では珍しく短髪で女装せずに仕事をしていた男前だ。
だが、ストライキに猛反対されて喧嘩になって以来、微妙な関係が続いていた。
それでも、たまに電話はくれる。
他の友人達ともたまにだがやり取りは続いていた。
それなのに、一番に目をかけていた秋二が、何も言わずに出国した。電話一本、手紙の一通もよこさずに。
その事実に思った以上のショックを受ける。
秋二は消えてしまった。信のことなど忘れ去って新天地へと旅立ってしまったのだ。
「っ……ごめん、ちょっとお手洗い」
「大丈夫か?」
信は曖昧に頷いてテーブルに手をついて立ち上がり、フラフラとトイレに向かった。
そして個室にこもって鍵を閉め、崩れおちるように便器に座る。頭が真っ白で何も考えられなかった。
なぜ、なぜ、なぜ、とそればかりが頭をぐるぐる回る。
秋二にとって自分はその程度の存在だったのか?
外界に出たことを報告する必要もないほどどうでもいい人間だったのか?
友人でさえなかったのか?
あんなに想っていたのに……。
「電話くらいくれよ……」
頭を抱えてうなだれるとますます気分が落ち込んでゆく。ショックで涙さえ出なかった。
「どうして……」
信はそのまましばらく立ち上がれなかった。
◆
それから一週間ほどはあまり記憶がない。
自分が何をしていたか、周りで何が起こっていたか、後から思い返そうとしてもぼんやりとして定かではなかった。
それだけショックだったのだろう。
何をする気にもなれず、用がない日はひたすら寝て過ごした。
また勉強も手につかず、秋津にも散々迷惑をかけたがそれに配慮する余裕もないくらい信は弱っていた。
さすがに見かねたらしい森が秋二の滞在先を調べてくれたが、連絡する勇気などなく、また秋二に宛てた便箋の山が増えただけだった。
きっともう忘れるべきなのだ、と寝っ転がって封筒を眺めながら信は思った。秋二はあの地獄から解放されて、新たな一歩を踏み出した。
それを祝福すべきではないのか。蔑ろにされたことに腹を立てるより、門出を祝ってやるべきではないのか。
いい友人ならば迷いなくそうするだろう。
ちょっと忘れられたからって未練がましく相手を恨んだりしない。それができないのはまだ秋二のことが……。
「っ……」
信はそこで溢れてきた涙をぬぐった。
秋二が留学したという話を聞いた当初は一滴も出なかった涙はある日を境に滝のように出るようになっていた。今ではちょっとした拍子に涙が滲んでしまう。
そこで扉が開く音がする。
「信、来たぞー。大丈夫か?」
寝室の扉を開けて入ってきたのは森だった。仕事帰りらしくジャケットを羽織っている。
信が手紙をサイドボードの引き出しに押しこむと、やってきた相手はこちらを見おろし、手を伸ばして頬をするっと撫でた。
「フツー泣くとブサイクになるんだけどなあ。お前は色っぽさ三割増しだな」
「っ……うっ……」
嗚咽をこらえて相手を見上げると、森が、たまんねえ、と呟いてベッドに乗り上げてきた。そして慰撫するように口づけが落とされる。
信は縋るように相手にしがみついた。
「そんなに好きだったのか。悲しいなあ」
「ふっ……うぅっ……」
「はあ、弱ってるお前、サイコー。閉じこめたくなるな」
森がそう呟いて耳に舌を差し入れてくる。もうグチャグチャのドロドロになってすべてを忘れたかった。
「翔太郎さん、アレ、欲しい」
「また?……仕方ないな」
相手はそう言ってポケットから小瓶をひとつ取り出して口に含むと、口移しでそれを飲ませた。
この薬は若干身体依存性があり、本当は飲まないほうがいいが、今はどうしても必要だった。
心の痛みを凌駕する身体への刺激がなければ、苦しくて苦しくて耐えられない。
甘ったるい液体が喉奥に流れ込んでくる。まもなくして、即効性の媚薬で身体が火照り始めた。
頭もボーっとしてきてホッとする。これでこのいっときは余計なことを考えずにすむ。
「ふっ……あっ……んっ」
「きもちいか?」
「んっ……きもちいっ……」
「触ってほしい?」
「あっ、触ってっ……」
「どうしようかなー」
そう言って入り口付近を焦らすように撫でる森に、信は舌っ足らずな口調でねだった。
「翔太郎さん、おねがいっ……もう中、痒くて耐えられないっ」
「っく……あんま煽るなよ」
ついに指が入ってくる。
その圧迫感とそれを凌駕する快感に信は腰をくねらせた。
「はっ……あっ……」
一本だった指が馴染むと増やされる。
「んっ……! ほら、ここだろ?」
「ひっ……あぁっ……!」
指が一点を触った瞬間、背中に電流が流れた。そのしこりを執拗に擦られて、それだけでイきそうになる。
陰部はもう先走りで濡れていた。
「翔太郎さん、はやくっ……」
「ちゃんとほぐしてからなー」
森は急かす信にそう言い、そこをしばらくいじったのち、信をうつ伏せにした。
そしてようやく求めていたものが与えられた。
「あんっ……!」
指とは比べ物にならない質量感に喘ぐ。
ペニスが突き込まれるたび、敏感になったナカを擦り、背筋に電流が走った。
ぐちゅぐちゅと卑猥な音が室内に響き渡る。
信はベッドにつっぷしてうめき声をあげ、一緒に腰を揺らした。
「はあっ、はあっ、マジでお前最高っ……!」
「ひっ、ひあっ、そこやめてっ」
「やめていいの?」
「意地悪するなっ」
「ははっ、子供みてえ。ここだろ?」
「あっ、翔太郎さんっ、もう……」
「イく?」
信はガクガクと頷き、体を震わせて白濁を放った。脳内麻薬がドバッと出て全身が弛緩する。
眠くなってきたが、まだ射精していない相手は動き続けた。
「待ってっ! まだ……あぁっ!」
「はっ……」
森が容赦なく律動を続ける。イったばかりで敏感になっている内壁を抉られて、信は悶絶した。
高く掲げられた尻に相手の腰が何度も打ちつけられる。そのたびに先端から液が漏れ出して、もう漏らしたように濡れていた。
「んっ、んっ、んっ」
長いオーガズムに体が痙攣する。
信は薄れゆく意識の中で、なぜ、秋二、なぜ、と問い続けた。