付き合って三ヶ月ほどが経つ頃には、彰は完全に本性を現していた。始終妄想レベルで浮気を疑い、行動を制限する束縛男。彰はそれを地で行っていた。
位置共有アプリという必要性のわからないアプリをスマホに入れられ、どこにいるか監視される。
スマホのパスコードも共有、門限は二十四時。
飲み会や外出は逐一報告せねばならず、少しでも帰りが予定より遅れたら何時間も詰られる。
そういう態度にさすがの淳哉も嫌気が差し、この頃二人の仲は険悪になっていた。
そうしてこの日もまた、自宅でしていない浮気を深夜にガン詰めされていた。
しんとしたリビングのソファに座り、ありもしないことで自分をねちねち責め立てる彰の相手をする。
夜も遅く、疲れ切っていたが、未だ終わる気配はない。
遅い時間の飲み会に参加しただけでこれだ。
もういい加減寝たかったが、許してくれそうもなかった。
「女の方がいいなら最初からそう言えばいいのに、黙ってこんなことするなんて卑怯だろ。しかもよりによってあんなブスと……。アイツのどこがよかったんだよ。言えよ」
アイツ、というのは番組の共演者の女性タレントのことだ。番組で少し仲良くし、他の人も交えて飲んだだけで浮気を疑われた。
彰の妄想はもはや病的である。
「だから何もないって」
「じゃあ何であんな遅かったんだよ」
「単に長引いただけだ。お前いい加減しつこいんだよ。そんなに心配なら盗聴器でも付ければ?」
「……え、いいの?」
「冗談だよバカ。本気にすんなよ。何か怖い、お前」
その途端、彰がドン、と拳で机を叩いた。
「お前のせいだろ! 俺の気持ちも考えないで」
「はあ? 逆ギレかよ。しょうもな。お前マジでめんどくさい」
「ッ……何でそんなこと言うんだよ」
そして泣きそうな顔になって黙り込む。
淳哉はため息をつき、いったいなぜこんなことになってしまったのかと考える。
彰の愚痴はいまだ終わる気配がない。
時刻は深夜一時を回っていた。
彰はひたすら、淳哉の浮気でどれだけ傷付いたかを言ってくる。
明日も仕事で早いのに勘弁してほしかった。
「……あっくん、あっくん聞いてる?」
「もう付き合ってらんねえ。寝る」
うんざりして席を立つと、彰の雰囲気が変わった。
「なんだよそれ。悪いと思わんの?」
「悪いもなにもやってないっつってんだろ。お前おかしいよ」
「あっくんがそうさせるからだろ! いい加減認めろよ、アイツと寝たんだろ」
もう何を言っても水掛け論だから無視する。
交際を始めてからこの手のトラブルはしょっちゅうだった。
彰は妄想が酷すぎる。
常に淳哉の浮気を疑っているのだ。
多少の嫉妬なら可愛いものだが、ここまでくるとうんざりだった。
「あっくん、なあ、あっくん」
「さわんな」
後ろから掴まれた腕を振り払う。
そのままシャワーを浴びようと脱衣所に入ると、彰まで入ってこようとした。
苛々と外に押し出して鍵を閉めようとすると、彰が約束は?と言った。
「抱いてくれるって言っただろ」
「明日にしてくれ」
「何だよそれ! お前全然反省してねえじゃん」
ドン、とスライド式のドアを殴りつけられるが、淳哉は取り合わなかった。
いちいち付き合っていたらこっちの神経が持たない。
淳哉は廊下で喚く彰を無視してシャワーを浴びた。
熱い湯とボディソープの香りで一日の疲れが洗い流されてゆく。
淳哉はシャワーで十分リラックスしてから浴室を出た。
廊下に気配はない。
ほっとして脱衣所を出て寝室に向かうと、ベッドの上でスマホをいじっていた彰が目を上げた。
その手にあるのは自分のスマホだった。
「本条明日香って誰?」
「勝手に見るなよ」
「なあ誰だよ」
「番組のスタッフさん。企画一緒にやりたくてやり取りしただけ」
「どの番組? 俺会ったことある?」
「……寝る」
うんざりして彰とは反対側に横になって目を閉じる。
日中ダンスの稽古で目一杯体を動かしていたので睡魔はすぐにやってきた。
意識が遠のいた瞬間体を揺さぶられ、覚醒する。
イライラしてつい声が大きくなる。
「お前マジでいい加減にしろよ!」
「こっちの台詞だよ。自分が何やったかわかってんの?」
そう言ってのしかかってくる。
淳哉は体の下から抜け出そうともがいた。
「クソッ、どけよ!」
「女なんか抱きやがって」
「やめろ、嫌だ」
体をおさえこまれ、パジャマの下と下着を下ろされる。
そして、彰がフェラチオを始めた。
「っ……やめろって!……痛っ」
押しのけようとすると軽く歯を立てられる。
彰はよくこうやって淳哉の抵抗を封じていた。
「やめろよ、嫌だっつってるだろ!」
「勃たせといて、説得力ねえ。俺に突っ込みたいだろ?」
「寝たいんだよ。お前は毎日毎日……いい加減にしろよ」
「恋人だったらするだろ。お前が枯れすぎなんだよ。もう黙っとけ。こっちでやってやるから。全く……至れり尽くせりだな」
彰はそう言って腰を下ろしてきた。
再び熱い粘膜で包まれて息が上がる。
眉根を寄せて自分の上で動く彰を見ているうち、強い快楽が欲しくなって、淳哉は身を起こし、彰を押し倒した。
そうして腰を動かし出すと、彰がこちらを見上げ、背中に手を回してきた。
半開きの赤い唇に誘われるようにキスをすると、舌が入ってきた。
それを絡ませると快感が倍増する。
歯列をなぞってやると、彰がたまらなそうに鳴いた。
かすれた喘ぎ声に腰を直撃され、強めに突くと時折締めつけがきつくなる。
そして体をビクビクさせながら出さずにイっていた。
初めは知らなかったが、男は尻でもイけるらしい。
彰しか知らないからこれが普通なのかはわからないが、セックスするとたいていこんな感じで何回もイっていた。
「はっ……淳哉っ、イく、またイくっ……」
蕩けた顔でそんなことを言い、煽ってくる。
初めてシラフで寝たときには仰天したが、彰はベッドではまるで別人だった。
最初はいつも通りだが、一旦快楽に落ちると女のようにしおらしくなり、こちらに完全に服従する。
このギャップが恐ろしいほど淳哉を虜にした。
「はあ、はあ、はあ。あっ、ダメだって、そこばっか……!」
「っ………」
「はあ、もうダメっ……! くっ、ああっ」
「!」
彰は体をひときわ大きく震わせて精を放った。
途端に締めつけが強くなって、淳哉もたえきれずに熱を吐き出す。
そうして彰の中から出てコンドームを外して捨て、彰の横にがっくり突っ伏した。
「はあ、はあ、はあ……。お前いい加減にしろよ……」
「はあ、はあ、はあ……これでぐっすり寝れるだろ?」
悪びれた様子もなく笑う彰の額を軽くはたいて布団を引き上げる。
そして目を瞑ると、腕を勝手に彰の体に巻きつけられる。
目を開けると、至近距離にいた彰と目が合った。
面白がっているふうの表情にムカついたが、大きな目を見ているうち吸い込まれそうになる。
思わずキスをすると、相手は素直に応じた。
そして、乳首を触ってみるとビクッとする。
「んっ……」
彰は胸も性感帯らしかった。
反応が面白くていじっているうち、どこが感じるかもわかってきていた。
腰が揺れだした彰の乳首は完全に立ち上がっている。
淳哉は再び彰を組み敷き、手で尻を揉みながら乳首に吸い付いた。
「ッ……!」
そして、舌で乳首を転がし、指を後ろに入れる。
すると彰は背を反らせて喘いだ。
弛緩し切っていた体が再び緊張する。
尻の奥のしこりを強めに擦ってやると、立てていた膝を閉じようとする。
しかし、間に淳哉がいるので無理だった。
「あっ、あっ、ああっ! またイく、イっちゃう……ひっ、ああ!」
彰はぎゅっと淳哉の指を締めつけ、ビクビクと体を震わせた。
また尻でイったのだろう。あるいは乳首かもしれない。
こちらは射精と違い、無限にイけるらしかった。
「淳哉、もう無理、もうイけな……あああっ!」
ゴリゴリと指で抉ってやると、彰が再び絶頂する。
筋肉がほどよくついた白い腹がふくらんだりひっこんだりしていた。
「ひっ、あっ、あっ、淳哉っ、欲しい、もっと……もっとデカいの」
いったいこの幼なじみはどこでこんなのを覚えたのか。
天然でやっているとしたら悪魔的ないやらしさだった。
淳哉はいつのまにか復活していた自身を尻にあてがい、中に入れた。
熱い肉壁がうねって淳哉を飲み込み、刺激する。
彼は低く呻き、再び奥を突き出した。
「あ、あぁっ、気持ちいっ……」
「もう黙れ」
「ッーーー!」
あまり煽られるとすぐに暴発してしまいそうだったので、キスで彰の口を塞ぐ。
乳首と前も触ってやると、彰は感極まったように喉奥で悲鳴を上げ、体を何度も震わせた。
そのたびに締めつけがきつくなる。
自分は猿かと自嘲しながら、それでも止められずに奥を何度も突くと、彰は背中をのけぞらせて射精した。
そしてガクッと力が抜け、放心したように視線を宙にさまよわせる。
そこで四つん這いにさせ、更に深く前立腺を抉ってやると、彰は体を痙攣させてまた射精した。
「ひっ、あっ、ああっーー!」
そして腕で体を支えきれなくなり、シーツに突っ伏して尻だけ上げた格好になる。
ほどよく肉のついた綺麗な尻が自分のものを飲み込んでいる光景は卑猥だった。
穴は充血しきってヒクヒクし、それをきゅうきゅう締めつける。
たまらず動きが速くなり、強く打ちつけると、彰はくぐもった悲鳴を上げてまた痙攣した。
それに刺激され、淳哉が達する。
ようやく我に返って動きを止めると、下のシーツに染みができていた。
漏らしてしまったらしい。しかしよく見れば尿とも違うようで臭いもしない。
まさか潮でも噴いたのだろうか? てっきり女性限定のものだと思っていたが……。
淳哉は自身を引き抜き、目を閉じてぐったりしている彰に声をかけた。
「おい、大丈夫か?」
それでも目を開けない。彰は失神していた。
少し焦って仰向けに返し、肩をゆすると、やっと目を開けた。
「あれ? 俺……」
「大丈夫か?」
「ああ、飛んでたのか」
「悪い。やりすぎた」
すると彰は首を振って身を起こし、シーツを触った。
「いい。俺こそごめん。布団汚しちゃったな。とりあえず片す」
そしてベッドから降りようとして、床に崩れ落ちそうになった。
淳哉は驚き、咄嗟に二の腕を掴んで引き上げた。
「マジ大丈夫かよ?」
「はは、腰抜けた。お前スゲーな。離れらんなくなりそう」
「またそういうこと言って……」
「いやマジで良かったよ。薬なしでここまでぶっ飛んだの初めてかも」
「薬?」
険しい表情になっていたのだろう。
再びベッドに腰掛け、振り返った彰が取り繕うように言った。
「いや、違法薬物じゃねえよ? 媚薬とかさ」
「……お前、どんな奴と付き合ってたんだ」
「業界の人が多いけど、教えない。お前巻き込みたくないし」
「どういうことだ。もう別れたんだろ?」
「別れたけど、お前とヤってるってバレたらちょっかいかけられそうだから。この界隈変態が多いんだよ。俺も人のこと言えねーけど。お前もし共演したら顔に出るだろ」
「そうなったら俺が話をつけてやる」
彰に寄ってくる虫は全員追い払っておきたい。
過去がどうだか知らないが、今付き合っているのは淳哉であり、その限りにおいて彰は淳哉のものだ。
色目を使ってきそうな奴はまとめて牽制してやる、と思い言うと、彰は嬉しそうな、そうでないような複雑な表情で断った。
「余計な波風立てんな。産まれたてのヒヨコちゃんにはわかんねーかもしれねえけど、この世界はコネ社会なんだよ。角立てるようなことすんな」
「だけど……」
「大丈夫、バレなきゃ面倒は起こらねえよ。だからナイショな?」
彰はそう囁いて、淳哉の頬にキスした。
淳哉はその体を後ろから抱き込んで言った。
「俺の浮気の心配ばっかしてるけど、お前はどうなんだよ?」
「俺は、お前のものだよ」
「言質とったぞ。俺も浮気は許さないからな」
「わかってるよ。……はあ、またシたくなってきた。淳哉……」
そう言って上目遣いでしなだれかかってきた彰にぴしゃりと言う。
「今日はもうダメだ。明日仕事だろ」
「午後からだから大丈夫だよ」
「その前にジム行かなきゃだろ」
「休む。十分運動してるし」
「お前なあ……。とにかくダメだ。寝ろ。と、その前にシーツ変えないとだな。ほら、乗れ」
ベッドから降り、しゃがんでやると、彰は遠慮がちに体重をかけてきた。
「え、重いよ」
「大丈夫。手回して」
言われた通り手を胸元に回した彰の太腿をつかんでおんぶし、立ち上がる。
彰の方が少し細身だが、体格があまり変わらないのでさすがにずっしりくる。
淳哉は丹田に力をこめて立ち上がった。
「おお、すごい」
「ドア開けて」
「ほい」
彰が寝室のドアを開けてくれたので、部屋を出て奥のリビングに向かう。
リビングに続くすりガラスの白いドアを再び彰に開けてもらい、キッチンを通り過ぎてソファへと辿り着く。
淳哉はそこで立ち止まり、手前にある二人がけの方のソファに彰を下ろした。
「サンキュ」
「ベッド片してくるからちょっと待ってろ」
そう言い置いて一旦寝室に戻り、毛布だけリビングに持っていき、彰に被せると、その他の寝具をベッドから引き剥がして洗濯カゴに放り込んだ。
そして新しい敷きパッドとシーツと毛布を出し、ベッドに被せる。
それが済むと今度は洗面所に行ってハンドタオルを湯で濡らし、体を拭いてパジャマに着替えた。
その後別のタオルをまた濡らし、乾いたタオルと彰の下着・パジャマと一緒にリビングに持っていく。
すると、ソファに背を預けてうつらうつらしながら待っていた彰が目を開けた。
淳哉は濡れタオルを差し出した。
「ほら、体拭けよ」
「……うわ」
「なんだよ」
「何か……キモい」
「は? 持ってきてやったんだろ。礼くらい言えよ」
「だって、変じゃん。こんなん……」
あからさまに顔をしかめて二の腕をさする彰に、ため息が漏れる。
「変じゃねえ。前々から思ってたけど、お前どんな奴と付き合ってきたんだ。ヘバってる恋人放置とか普通しねえよ」
「そういう奴ばっかだった。俺、見る目ないのかな」
「ないな」
「ひでえ、そんなバッサリ……」
淳哉はタオルを受け取らない彰の体を拭きながら宣言した。
「これまでの奴がどうとかはどうでもいい。けど俺は俺のやり方でやるから、もうキモいとか言うな」
すると、彰は戸惑ったように瞳を揺らした。
「……そんな優しくすんなよ。そんなふうにされたら、俺……」
「これで優しいとか、基準おかしいよ。マジでお前の元彼とかに会ったらブン殴っちゃうかも」
「それはやめとけよ。偉い人ばっかだから」
「……ほら、終わったぞ。服着ろ」
「ん」
素直に下着を着はじめた彰を見下ろしながら、いったいこいつはどんな人生を送ってきたんだろう、と思う。
一緒に育ち、全部知っていたはずなのに、知らぬまに別人になっていた。
こんな貞操観念が崩壊した奴でも、自尊心が低い奴でもなかった。
どちらかといえば、性には潔癖な子供だった。
それなのに、今目の前にいる男はそれとは真逆だ。
恋人に依存して、毎日セックスをねだる。
こんなの彰じゃない。やはり何かがあったのだ。
淳哉の預かり知らぬところで、何かがあった。
証拠も何もないが、それを確信した。
ただし、それを追及するのが良いかどうかはわからなかった。
もし、彰がそれによって傷を負っていたら、また傷口を開くことになりかねない。
淳哉は、ひとまず様子を見るべきだという結論を出した。
「ほら、戻るぞ」
パジャマを着終えた彰の前に再び跪く。
すると、相手はまた遠慮がちに背中におぶさった。
そして歩き出すと、彰は呟くように言った。
「ヤバい、お前にハマりそう」