事務所はその翌日、七人の新体制になったスパロウが正式に始動することをネットメディアを通じて発表した。
更に記者会見も実施し、桐生連が正式に水沢彰として事務所に入所したこと、スパロウの新メンバーの一人として活動を始めることを、副社長が説明した。
彰の電撃移籍に興味をそそられた記者達が殺到し、物々しい会見になったが、当の本人は平然としていた。
横目で見てみると、わずかに笑みさえ浮かべて隣の淳哉に何か耳打ちしている。
これは印象が悪すぎる。
同じことを思ったらしい淳哉が彰を睨んで何かを小声で言うと、彼はやっと真顔に戻った。
前髪を半分上げ、ワックスで固めたいつもの髪型は清潔感があった。黒髪だから余計にそう思うのかもしれない。
映画やドラマの撮影に合わせ、髪色が変わりがちな彰の黒髪姿は久しぶりに見たなと思う。
アイドルとしての彰のファンだったことはないが、出ている映画やドラマを必ず見るぐらいには魅力的な俳優だった。
華やかな容姿はもちろんだが、彰の演じる人物には皆血が通っている。そして台詞回しも抜群に上手く、同世代の俳優達の中でも抜きん出た存在だった。
若いアイドルであれほど円熟した演技ができるのは彰だけだ。
だから、出ている作品は必ずチェックしていた。その当の本人がこうして横に並ぶ日が来るとは、と夢見心地で会見を傍観する。
やがて副社長の話が終わると、淳哉がリーダーとしての抱負を語り始めた。
それを彰がじっと見る。ガンをつけているのかと思うほど強い視線だった。
それを受け流して当たり障りない口上を述べた淳哉は、最後にこう締めくくった。
「僕たちは、これまで積み上げてきたものを大事にしつつ、新メンバーと共に進化したスパロウを作り上げていきたいと思います。全員が輝いて、ファンの皆さんに元気を与えられるようなグループになっていければと思いますので、これからも応援よろしくお願いします」
そう言って頭を下げた淳哉は、では、新メンバーから一言ずつ今後の抱負を述べさせていただきます、と言ってマイクを置いた。
その瞬間に会場が静まり返る。
隣に座った彰は、一拍おいてからなめらかな声で話し出した。
「皆さん聞きたいこともあると思うので、こちらからは短めに。今回の退所に関しましては、契約解除という形ではありません。十八で入所した時、八年契約でしたので、それが切れたということです。トラブル等もございません。その後、縁あって夏川エンターテインメントさんに拾って頂きました。それだけのお話ですので、双方の事務所さんに迷惑がかかるような、誤解を招く伝え方はおやめ下さい。以上です」
彰がそう言ってマイクを置いた途端、週刊誌やネットメディアの記者達が一斉に手を挙げた。
最前列にいた一人を副社長が指名すると、若い記者は声を上ずらせて聞いた。
「花月潮流の葛西です。契約が切れて更新に至らなかったという認識で良いでしょうか?」
「はい。問題ございません」
「それでは、もし差し障りがなければ、更新に至らなかった理由をお聞かせ願えるでしょうか?」
その記者の質問に、彰は少し間をおいてから答えた。
「大変可愛がって頂き、感謝してもしきれない思いです。不満もございませんでした。しかし、自分の我儘で巣立たせて頂きました。そういった経緯になります」
一人目の質問が終わると、すぐさま他の手が挙がる。
圧倒されてしまうような場面だが、彰はさすがに場慣れしていた。
落ち着いた表情で二人目の質問を聞く。
「こちらの事務所に決めた決め手というのは何だったんでしょうか? また、彰さんと会社側、どちらからアプローチがあったんでしょうか」
「自分が履歴書を送りました。面接も行きました」
「面接に行かれたんですか?」
「はい。正規の手続きを経て入所しました。事務所さんからのアプローチは一切ございません。自分が一方的にお願いした形です。決め手は……元々ダンサー志望だったので、そちらに力を入れているこちらに惹かれました。また、新しい場所で心機一転頑張りたいという思いもありました」
「しかし、今まで築いたものを手放すことになることに抵抗はなかったんでしょうか」
「ファンの皆さん、そして関係者の方々には大変ご心配、ご迷惑をおかけし、申し訳なかったと思っています。申し訳ありませんでした」
彰は深々と頭を下げてから顔を上げた。
「それから、いずれ知れると思うので言いますが、リーダーの淳哉とは幼馴染みというか、そんな感じです。ただし、今回の件に関し、淳哉は一切関与しておりません。入所当日までの二ヶ月間、一度も連絡を取っていませんし、それ以前にもそういったことも話していません。なので、淳哉を責めるようなことはやめて下さい」
これは自分のファンへの牽制だ。
彰がスターライトレイヤーズを辞めた原因が淳哉にあるのではないかと疑ったファンが彼を叩くことを予期して言っている。
第一線で活躍していただけあって、会見での彰の立ち回りは完璧だった。
彼はその後も次々飛んでくる質問にそつなく答え、自分の番を終えた。
優馬は準備してきた抱負を述べて、次に隼人が喋る。
そして、隼人の番が終わったところで記者会見は終了した。
◆
会見後、副社長とマネージャーはスパロウメンバーを連れて事務所本社に戻った。
そこで、社長から今日の会見について、今後の方針についての話があったのち、解散となった。
話の中で、彰の移籍に関する記者からの質問に答えることは禁止だと伝えられ、他の質問でも何か聞かれた際は答えず、マネージャーに相談するよう通達された。
リーダーの淳哉と拓は、その後本社ビルにあるレッスンスタジオを借りて、グループとしての話し合いを持つと言った。
スパロウメンバーはスーツ姿のまま社長室を出て階下のスタジオに降り、その中で話し合いが始まった。
口火を切ったのは拓だった。
「さわとも色々話したんだけど、これからは記者に追い回されることが多くなると思う。その時は、絶対に何も言わないでほしい。それから、ファン同士のいざこざが起きないように、各自自分のファンにひと言言っておいてほしい。さわも彰くんも絶対に叩かれる。それを俺たちが守ってやろうな」
「なんか俺たち彰君のファンにボコボコにされそう」
そう言った秋に明彦が頷く。
「それは確ですよ。俺らのファンの十倍以上いますもん。しばらくエゴサできないなあ」
「それに関しては申し訳ないです。でもできるだけ迷惑かからないようにしますんで」
言われても足を崩さなかった彰は正座のまま拓達に頭を下げた。
黒髪だからか、顔立ちが派手なのに好青年といったふうだった。
神妙な表情で謝った彰に、拓は慌てたように言った。
「いや、そんな謝ることないっすよ。彰君が入ったおかげでこんなに注目されてるし。なあ?」
「あ、ああ。ホントだよ、記者に追いかけられるなんて夢じゃん。なあみんな?」
拓に同意してそう問いかけた秋に明彦、隼人、優馬は同調した。
すると、彰が言う。
「気遣わなくていいっすよ。非常識ですもん、こんなこと。けど……どうしてもスパロウに入りたかったんです。皆さんみたいな純粋なアイドルに憧れてて、ずっと入りたかった。本気なんです」
「いや、アイドルでいったら彰君の方が……」
「彰でいいです。敬語使わないで下さい。年下だし後輩なんで」
彰は透き通った目で少し遠くを見た。
「スターライトレイヤーズは、いわば上げ底グループだった。俺はそう思っています。派手な演出で誤魔化して、コンサートを乗り切ってきました。でもパフォーマンスの質は正直……自分の満足のいくものではありませんでした。バラドルっていうんですかね、その分バラエティには強かったけど、俺はもっと歌やダンスを磨きたかった。パフォーマンスで評価されたかったんです……。
正直、自分がここまで来られたのは、半分事務所の力だと思っています。バックアップしてもらっておいてこんなことを言うのもなんだけど、実力で評価されたかった。だから、こちらに来たんです。スパロウさんはまさに理想だった……コンサートや舞台を見て感動したんです。歌もダンスも突き詰められていて、本当にすごいと思った。
それに、淳哉もいました。淳哉とは一緒に育ったようなもんで、中学のときに約束したんです。一緒にトップ獲ろうって。だから、それをどうしても叶えたくて無理を承知で社長にお願いしました。ご迷惑かけてしまってすみません。でもどうしてもこのグループに入りたかったんです。スパロウで、本気でトップ目指したいです。だから、よろしくお願いします!」
そう言って頭を下げた彰に、一同が息を呑む。
彰は本気だ、と思った。
彼は冷やかしや面白半分でスパロウに来たのではない。
本気でこのグループでやっていきたいと思っているのだ。
どうやらそれは淳哉にも伝わったようだった。
彼は彰と同じように正座し、頭を下げた。
「自分からもお願いします。こいつの我儘だというのは承知しています。ダンスも歌も、スパロウのレベルには合っていないし、足を引っ張ってしまうかもしれません。でも話を聞いて、本気なんだとわかった。だから一度だけチャンスをやってみてくれませんか?」
「いや、俺も本気だってのはわかった。だから一緒に頑張っていきたいよ。ヒガシは?」
拓の問いに、明彦も頷く。
「俺もそう思います。秋さんは?」
「いいと思う。めちゃめちゃ本気だってわかったしな。じゃあ彰、でいいんだよな?」
「はい」
「俺らはお前を受け入れる。頑張ってこうな」
「はい! よろしくお願いします!」
彰は嬉しそうに言った。
テレビで見た時は飄々とした印象が強かったが、意外と熱い男らしい。
これを可愛く思わない男はいない。
彰は明らかに男社会での立ち回りを心得ていた。
スパロウの中心人物であろう拓と秋をうまく納得させたのだ。
二人の表情を見ても、彰を見る目が変わったのは明らかだった。
また、年下組である明彦も納得した表情をしている。
彰はたった一週間で、デビュー前を含めると十年近い歴史のあるスパロウに溶け込んだのだった。
「優馬と隼人もいいよな?」
「はい」
「はい。ええと、ちょっといいでしょうか?」
優馬は今日どうしても言いたかったことを言おうと、勇気を振り絞って発言した。
すると、全員の目がこちらを向く。
淳哉が聞く。
「何だ?」
「今後の活動方針について少し考えたことがあるんですが。聞いてもらっていいですか?」
優馬は、勇気を出してそう言った。
小さい頃からアイドルマニアで、なにをすれば売れるか、自分なりの方程式があったのだ。
一番年下で、入ったばかりでこんなことを言ったら嫌われる可能性もある。
しかし、彰加入後一発目の曲が勝負だという確信があったので、口を開いた。
「おお、なになに?」
「はい。結論から言いますね。次の曲のセンターは淳哉さんと彰さんでいくべきだと思います。具体的には、歌詞の一番が淳哉さん、二番が彰さんです。そして、間奏をダンスパートにして、拓さんや秋さんにフォーカスを当てます」
「それは……」
微妙な表情になった淳哉に、続けて言う。
「これまで、スパロウは拓さん、秋さんが中央にいることが多かったと思います。でも明確に誰がセンターというのはなかったですよね?」
「まあ……」
「四人だったしな」
秋と拓がなんとも言えない表情でこちらを見る。
少し怒っているようだった。
「だけど、七人になったら明確なセンターがいります。僕はそれが淳哉さんと彰さんだと思います。客観視点目を惹く人をセンターにするのはセオリーなんで」
「まあ、彰はセンターに置かざるをえないかなとは思うけどね」
秋の言葉に、メンバー全員がそちらを見る。
彼は茶髪の毛先をいじりながら続けた。
「そうじゃなきゃファンが黙ってないだろ」
「確かに。フルボッコだな」
「まあ、スターですからね」
三人でうんうん頷いている秋、拓、明彦に、彰が申し訳なさそうな顔をする。
そこで淳哉が口を開いた。
「秋さんと拓さんがそう言うんならそうします。だけどセンターってそういうふうに決まるものじゃないと思う。秋さんと拓さんのダンスはトップクラスだし、そういう人がセンターをやるべきだと思う。俺たちはずっとそうやってやってきたんだよ」
古株三人を敵に回したことに寒気を感じながら、それでも優馬は引かなかった。
数多のグループを見てきたからわかる。
この二人のカリスマ性と話題性を最大限使えば、芸能界で上までいける。
それを確信したからこその提案だった。
「だから売れなかったんじゃないですか?」
「はは、めっちゃはっきり言うじゃん」
苦笑した明彦に、覚悟を決めて言った。
「僕、自慢じゃないけどオタクなんです。男性グループも女性グループも、アイドルって名のつくものが大好きで。アイドル観て育ったようなものでした。だからわかるんです。どうすれば売れるか。センターは入り口です。スパロウを知らない人が一番目にしやすい部分。そこで、初めて見た人たちを引き込めるか、ここにかかっているんです。
ファン層の大半はダンス経験のない女性ですから、ダンスが多少揃っていなくても問題ない。それよりも、パッと見て目を引くかどうかが大事なんです。ファンになってもらえば、自然と他のメンバーの良さにも気付いて好きになってもらえる。そういう仕組みなんです。
センターのファンになってグループ見始めたら、別メンバーの良さを好きになって鞍替えしちゃうなんてザラにあるんです。だから、イケメンがセンターなのはセオリーなんです。
拓さんや秋さんがイケメンじゃないって言ってるんじゃありません。リーダーと彰さんが漫画みたいなイケメンなんです。だから二人がセンターをやるべきだと思います」
長々喋り終えると、呆気にとられたような表情で明彦が言った。
「え、君プロデューサーかなんか?」
「いえ、ただのオタクです。でも自分も本気でトップ獲りたいんです」
すると拓は顎に手を当て、秋と顔を見合わせてから言った。
「まあ、いいんじゃねえ? やるだけやってみようや」
「だな。やり方変えてみるのも良いかもな。さわはどう?」
「とりあえず一回はやってみてもいいですかね。ヒガシは?」
聞かれた明彦は頷く。
「いいかもね。優馬くん、めちゃくちゃ考えてくれてるし」
「じゃあ、その方向で行こう」
意見をまとめた拓の目に怒りはもうなかった。
ひとまずは成功したようだ。
「お前らももう仲直りしろよ? 特にさわ」
「わかりました。一応は今日気持ちを聞けたんで、大丈夫です」
淳哉は拓にそう言ってから彰に釘を刺した。
「スキャンダルは絶対出すなよ」
「わかった」
「それからちゃんと食え。お前何か痩せた」
「ダンスの練習で体絞ったからかな。久々に飯食いにいっていい? 今日なに?」
「……食いたいもんあれば作るけど」
「じゃあ肉野菜炒め」
「わかった」
二人のやり取りを見ていた秋が笑顔で淳哉の肩を叩いて言った。
「仲直りできたみたいでよかったな」
「すいません、ご迷惑かけて」
「いいよいいよ。ってか幼なじみっていつから?」
「幼稚園位からですかね。家近くて、彰、あ、こいつ彰が本名なんですけど、彰がよくうちに飯食いに来てたんで。で小中高一緒って感じですね。部活は違いましたけど」
「マジ? リアル幼なじみじゃん。そんなことあるんだね」
「うちの事務所のオーディションも一緒に受けたんですよ。なのにこいつ裏切りやがって……。自分だけ売れて、マジでブチ切れましたよ」
淳哉が恨めしそうに言うと、彰は苦笑した。
「だからごめんって。謝っただろ?」
「許さねえ。いや、冗談だけど」
「冗談いってる顔じゃねーだろ」
「はは、敦哉がこんな感じって珍しいな。初めて見たかも。なんか新鮮」
感想を言った明彦に、拓が同意する。
「普段学校の先生みたいだもんな」
「え、そんなつまんないですか?」
そう聞いた彰に、一同が口を揃えてつまんない、と答えた。
確かに、彰は冠番組でもイベントでも司会進行をすることが多く、冗談を言うのはあまり見たことがない。
せっかくの王子顔も、市役所の職員のような受け答えで、宝の持ち腐れだった。
「ちょっとはファンサしろっていつも言ってるだろ」
「そういうの苦手なんすよ……」
「彰、仕込み頼んだわ。さわもお前の言うことならききそうだし」
「了解です。こいつ鉄仮面すもんねー」
「うるさい」
このやり取りで、普段無感情に見える淳哉が彰と絡むと色々な表情をすることがわかった。これは大きな収穫だった。
巷で氷のプリンスとも呼ばれる淳哉は、その真面目さと整いすぎた顔立ちゆえに冷たく見えることがある。
それが崩れるのは喜ばしいことだった。
優馬は二人のやり取りを観察しながら、スパロウは売れる、と確信した。