その半月後、彰から恋人と別れたと連絡があり、二人は正式に付き合い始めた。
芹沢の件に関しては、話し合いの結果、今撮影中のドラマ『探偵・城山霊人』の放映終了後に業界から干すことにした。
叔父には既に事情を話し、協力の約束を取り付けてある。優馬の他にも関係を強要された俳優を二人連れて行って証言してもらったため、信じてくれたようだ。
それでも正直叔父が動いてくれるかは半々ぐらいだと思っていたが、思いのほかあっさり要求が通ったのは秘密裏に取り引きをしたからだ。
子供に恵まれなかった叔父はずっと優馬を後継者にしたがっていた。しかし、純粋にアイドル活動がしたかった優馬は経営側に加わることをずっと拒否していた。
しかし今回、五年後にアイドルを辞め、経営に加わるなら芹沢を潰してやると言われ、優馬はその取り引きを呑んだ。それぐらい芹沢のしたことを許せなかったからだ。
五年後、優馬は二十七歳。アイドルとしてまだまだ盛りの年齢である。その歳で引退というのは早すぎる。
だが、それ以上に芹沢を許せないという思いの方が強かった。
芹沢は、まだデビューして間もない彰に性的関係を迫り、行為を強要した。
彰は合意だったと言っているが、状況的には半ば強制といった方が正しいと思っている。
そうして弱った彰に付け込み、手懐けて搾取し続けたのだ。それを許すことはできなかった。
だから、叔父の取り引きを呑んだ。彰はこのことを知らないが、それでいい。知ったら絶対に反対するだろうから。
スパロウを辞めるまであと五年ーーその五年で悔いのないよう、一生分歌って踊りたい。
皆と一緒に芸能界の頂点まで駆け上がりたい。
誰もが口ずさめる曲があるような国民的グループになり、ファンを喜ばせたい。
そして、誰よりも美しいパフォーマンスができる表現者になりたい。
そのために今この瞬間から、一瞬も無駄にせずに努力をしようと決意したのだった。
◇
三月上旬――。ドラマの撮影は佳境に入っていた。
優馬演じる純也は、探偵事務所の一員として先輩のえりとバディを組み、種々の依頼をこなしていた。
その驚異的な記憶能力を駆使し、迷宮入り事件を解決してゆくのだ。
スケジュールは過密で、連日朝から晩まで撮影。体力的にはきつかったが、彰に台本読み合わせを手伝ってもらったり、アドバイスをもらったりできたので、精神的にはだいぶ楽だった。
そんな中で主演映画『サマーナイト・パーティ』の撮影が始まり、彰はますます忙しくなった。ただでさえ忙しいドラマ撮影のさなかで映画撮影まで始まったのだ。忙しいどころではない。
連日帰りは深夜過ぎ、時には朝方になることもあり、たまの休みには寝溜めするように一日寝ていることが多くなった。とにかく殺人的なスケジュールなのだ。
彰は疲れた様子を見せながらも、愚痴を言うこともなく淡々と仕事をこなしていた。
このように非常に多忙な中、最も重要なのが短時間でもよく寝ることである。
人は、睡眠不足が続くと集中できなくなり、情緒が不安定になる。落ち込みやすくなったり、気分が沈んだりしやすくなるのだ。
だから、どんなに忙しくても睡眠時間は確保しなければならなかった。
そのため、優馬は常に彰のスケジュールを把握し、帰宅に合わせて家に行くようにしていた。
彰は基本的に不眠症である。そしてそれを唯一解消できる手段が性行為という特殊体質なので、就寝時に行為に応じられるよう待機している必要があるのだ。だから彰が帰ってくる時には必ず家にいるようにした。
優馬にとってそれは当然のことであり、全く苦ではなかった。だが、優馬も優馬で疲れていて抱くのが物理的に無理な時もある。
だがそういう時は抱いてもらったりして充分に対応できた。
優馬自身はタチ・ネコのこだわりはなく、その日の気分でというタイプだが、彰はどちらかというとネコ、つまり抱かれる側の方が好きなようだ。
だから、できる限りそれに応じていたが、無理なときは無理とはっきり言って交代してもらっていた。
結果、それがよかったのだろう。付き合い始めて一ヶ月、関係はかなりうまくいっていた。
また、通院の予約もドラマのクランクアップ予定日直後に取ってくれて、そちらの約束もちゃんと覚えていてくれたようだ。
彰との交際は、滑り出し順調だった。
ただ一つ、気にかかることがあるといえば、三月に入って始まった彰主演の映画撮影に関することだった。
◇
「カット! オッケー!」
『サマーナイト・パーティ』撮影現場に監督、林の声が響き渡る。高級ホテルの一室のセットの中、ベッドの上で演技していた俳優二人は動きを止めた。
適度に筋肉質な上半身を曝け出し、女優を組み敷いていた俳優が身を起こして振り返る。それは、彰だった。
前髪を半分上げ、ワックスでセットした黒髪がわずかに乱れている。
襟足がすっきり短いその艶やかな髪が、秀でた額、二重のはっきりした目元、通った鼻筋、そして上品に薄い唇が黄金比率で配置された美しい顔を縁取っている。
白い肌はくすみ一つなく、彰は今日も完璧な美男子だった。
その下から身を起こしたのは桂椎菜ーー六十過ぎのベテラン女優だった。
若作りはしているが、顔の皺と体のたるみは隠しようもない。シルクのネグリジェ姿の体は豊満で、明らかに豊胸とわかるような胸の膨らみが主張している。
元の顔立ちは整っているものの、人相が良くないというか、いかにも意地の悪そうな顔付きだった。
桂は厚化粧の奥から覗く目は爛々と輝かせ、低いダミ声で監督に聞いた。
「いいの?」
「はい、オッケーです! 椎菜さん良いですね〜、セクシーで」
「あらそう」
監督の世辞にまんざらでもない様子である。彰や他の俳優には偉そうな監督も、大女優には逆らえないようだった。
桂は若くしてデビューし、銀幕のヒロインとして一躍名を馳せ、その後はテレビ、映画で順調にキャリアを重ねた叩き上げの役者である。
もう亡くなっているが、夫は数々の国際映画祭で賞を獲ってきた映画監督だった。そして息子も名のある役者である。
このように輝かしい経歴と強力な後ろ盾のある大女優なので、監督といえども偉そうに指図できないわけだった。
桂の役は主人公の虜になる資産家のマダムであり、本命の相手ではない。
しかし、思った以上に登場回数が多く、彰との絡みも濃厚なので演技の勉強という名目で暇さえあれば撮影の見学(監視)に来ている優馬は人知れず苛々していた。
演技とはいえ、好きな人が自分以外の人間とキスをしたり触り合ったりするのは不愉快だし、ましてや桂の方が明らかに下心がありそうな感じなのでますます嫌悪感が増す。
彰はそうなることを見越してか、撮影は見に来ない方がいい、と言っていたが、優馬は無視した。好きな人のことをすべて把握しておきたいというのは当然だからだ。
たとえそれが不愉快な光景であろうと最後まで見る。そう決心し、自分の撮影の合間をぬって映画の撮影現場に足を運んでいるのだった。
「よーし、じゃあ一回休憩とりまーす!」
監督の声で撮影が一時中断される。彰は自分の腕に意図的に触れる桂を邪険にすることもなく、にこにこと愛想よく応対しながらマネージャーが持ってきたバスローブを羽織って立ち上がった。
そしてそのまま桂と談笑しながら待機スペースの椅子に座る。その過程で一瞬優馬と目が合ったが、それだけだった。
優馬は一旦落ち着くためにセットから出ようとした。しかしその時、背後から名前を呼ばれた。
「赤城君また来てたのねぇ」
それは、いら立ちの当の本人、桂だった。優馬は極力不機嫌さを顔に出さないよう気をつけながら振り返ってそばに行き、会釈をした。
「お疲れ様です」
「あなた、最近ドラマ頑張ってるみたいじゃない? 榎本さんが褒めてたわよ」
榎本というのは『探偵・城山霊人』の演出家である。
「本当ですか?」
「ええ。最近めきめきと良くなったって。すごく伸びしろある子だって絶賛してたわよ」
「それは……ありがたいです。彰さんに演技のイロハを教えて頂いて、ほとんどそのお陰かと思うんですが」
すると、桂の隣に座った彰が謙遜した。
「そんなことないよ。俺はちょっと手伝っただけ。元々の才能が開花したんだと思う」
「いえ、絶対そうです。二人っきりで手取り足取り教えてもらったんで。ね? 彰さん」
「えっ? ああ、うん、まあ……」
暗に彰との関係を匂わせるようなことを言って桂を牽制する。彰は少し困ったように優馬と桂を交互に見ていた。
しかし桂はその牽制に気付く気配もなく、明るく言った。
「あらよかったわねえ。水沢君って若いのに演技お上手だから、いっぱい教えてもらいなさいね」
「……はい」
優馬は拳を握りしめた。もし自分が女だったら、桂はあの言葉の意味に即気づいただろう。
だが、男同士の関係など誰も疑いもしない。しょっちゅう家に泊まっていると言っても、仲良いのね、で終わりである。
目の前でキスでもしない限り二人の関係は信じないだろう。あるいは、キスしたとて信じないかもしれない。
それぐらい、同性愛者は「ないもの」とされている社会だった。それにもどかしさと息苦しさを感じる。
「叔父さんにもよろしくね。最近お会いしてないからまたお会いしたいわぁ」
「はい、伝えておきますね」
桂は優馬が夏川エンタ会長の甥であることを最初から知っていた。だからこういうふうに声を掛けられるのであって、もしそうでなければ存在すら認識されていないだろう。
何となく気落ちしたまま、二人から離れてセットの外に出る。廊下は、撮影スタッフが機材を持って行きかっており、騒がしかったので、人がいなさそうな別の撮影部屋に入る。
そこは、会社の社長室のセットだった。全面ガラス張りの窓の手前に重厚な机がどんとおいてあり、その手前にソファとテーブルの応接セットがある。優馬はそのソファに沈み込むように座った。
夕暮れ時、オレンジ色に染まった部屋の中で一人考えにふける。
彰がこの映画の出演オファーを受けた理由。
原作を読んでないうんぬんは置いておくとして、今先のシーンのような絡みが多いことは事前に知っている口ぶりだった。そういう作品をなぜ受けたのか?
『スターライトレイヤーズ』時代から一貫して彰のコンセプトはキラキラ王子様であり、セクシー路線ではなかった。それをなぜ今になってこういう売り方にしたのか。
その答えは仕事を持ってきたマネージャーが持っていた。
優馬は最近、彰に無茶な仕事を振ったマネージャーに、なぜこんな仕事を持ってきたのかと問い詰めた。
すると、彼はこう答えたーー「『サマーナイト・パーティ』以外にも二つ作品を提示した。自分としてもこういう系統はまだ早いと思ったが、先に出演が決まっていた共演者の強い希望で彰が指名されており、そのことは伝えた。しかし強制するつもりはなく、彰の選択に任せた」と。
この回答に、マネージャーに対する信頼は地に落ちた。彰を指名したのは大方桂だろう。彼女に指名されて断れる俳優がどれだけいるのか。
大女優として確固たる地位を築き、映画界隈、ドラマ界隈に顔の広い桂の不興を買えばどうなるかは火を見るよりも明らかである。
桂は優馬の素性を知っているので絶対にそんなことはないが、万が一自分が指名されたとしても断るのは相当難しいだろう。役者としてこれからやってゆきたいのならば、オファーを受けるしかない。
だから、マネージャーは彰に選択肢を与えたと言ったが、実質選択肢は無きに等しかったのだ。
そうして今日のような濃厚なシーンを延々やらされ、休憩中にまでセクハラを受ける。彰は愛想よく対応していたが、内心は相当嫌だろう。
そんな思いまでして出る価値がこの映画にあるのか? こんなことをしていたら病気が悪化してしまうのではないか?
そういうことをぐるぐる考えては思い悩んでいるのがここ最近の日常だった。
本当は人の心配をしている場合ではない。初出演のドラマの演技如何で今後オファーが来るかどうかが決まるのだから、本来は自分のドラマに集中しなければならない。
なのに、頭は彰のことで一杯だった。
「はあ……」
「どーした、少年?」
「うわっ!」
いきなり後ろから話しかけられ、優馬はソファから飛び上がった。物思いにふけっていて全然気づかなかったが、いつの間にか彰が立っていたのだ。
紺のローブ姿のままの彰は、少し案じるような表情を浮かべて言う。
「さっき何か浮かない顔してたから気になって来てみたんだけど」
「よくここだってわかりましたね」
「空いてる部屋にいるかなーと思って片っ端から開けた」
「そうだったんですか……」
「で、何か悩み事? ドラマ撮影不安?」
「そういうわけじゃ……ないんですけど」
「じゃあ何だよ?」
彰は優馬をのぞきこむように見て、ソファの隣に座った。
「なんていうか……映画撮るのも大変だなって」
「ああ、まあ確かにドラマとはちょっと違うかもなぁ」
映画のオファーを受けた経緯についてどうしても聞きたい。
撮影の真っ最中にこんなことを聞くべきでないことはわかっている。これは言うべきではない。
しかし、先ほどのシーンで感情を揺さぶられた優馬は自制できなかった。
「……マネージャーから聞いたんです、彰さんがこの映画を受けた経緯」
「あ、そうなの?」
「はい。桂さんの希望で……彰さんがキャスティングされたって」
すると彰は何でもないことのように頷いた。
「ああ、そうだよ。めっちゃラッキーだと思ってさぁ。ほら、椎菜さんって本当すごい方だしさ、俳優だったら皆共演したいよ。マジでツキが回ってきたと思ってもう即決だよね。椎菜さんと共演できたら一流って言われてるぐらいだし。いやー、優馬君と出会ってからいいこと続きっていうか、本当幸運の女神? いや女神ってのは違うか。とにかくなんかいい運持ってきてくれるなぁってマジ感謝してる。俺、優馬君がいたらトップまでいけるかもしんねえ」
「……何ですかそれ」
怒りで自然声が低くなる。その反応に彰は驚いたような顔をした。
「えっ、何で怒ってんの?」
「あの人にセクハラされてたでしょ。何でそんなヘラヘラしてんの?」
「セクハラ? え、いつ?」
優馬は立ち上がって声を上げた。
「撮影の後! ベタベタ触ってたじゃん!」
「え? 女優さんってあんなもんだよ」
「はあ? 何だよそれ……。それにあの女何回リテイクさせるんだよ! 完全に役得だと思ってんじゃねぇか、気持ち悪ぃ」
「優馬君、ちょっと落ち着いて……」
腕をつかんで座らせようとする彰の手を振り払って相手を睨む。
「相手に下心が一ミリもないって、何でそう信じられるわけ?」
すると、同じように立ち上がった彰は困ったように息をついた。
「……そんなこといちいち気にしてたら仕事になんないだろ。椎菜さんはプライド持って仕事してるから、納得いくまで終わらせたくないんだよ」
「俺にはそういう風に見えないけど」
「それは優馬君の見方だろ」
「あの現場見てた人の九割そう思うと思うけど。まともな感性の人ならね」
すると、あろうことか彰は笑い出した。優馬が面食らっていると、彰は笑いながら言った。
「君さあ……マジで俺だわ。俺昔、役者と付き合ってたことあるんだけどさ、マジで優馬君と同じことしてた。撮影現場見に行ってキスシーンとかにブチ切れてさ……マジで俺。分身? くくっ、あーおもろ」
「何で笑ってるんですか……」
「いや、言われる方って初体験だからさ。いや結構嬉しいもんだね、嫉妬してくれて。それやった相手はウザそうだったけど、俺は嬉しいわ」
「もう~……茶化さないでくださいよ。本当に真剣に言ってるんです。あの女、絶対彰さんに気がありますよ」
「まあ撮影中はそれぐらいでいてくれた方がいいよ」
「はあ!?」
「いや、女優さんって共演者ちょっと好きになって、終わったら一気に冷めてハイ終わり、みたいな人も多いし」
「いやそういう問題じゃ……俺なんかもうついてけないっすわ」
すると、彰は途端に不安そうな顔になった。
「嫌いになった?」
「いや、嫌いにはならないですけど……」
「引いた?」
「……引いたというか……理解できないというか……。でも、彰さんが嫌じゃないんならそれでいいです。彰さんには彰さんのやり方があるわけだし、それを尊重したいんで」
その言葉に、彰が安心したような笑みを浮かべた。
「ありがと。俺はさぁ、アイドルとしてもそうだけど、役者としても極めたいんだよね。その為に、掴めるチャンスは掴みたいんだ。でも優馬君のことも大事だし、傷つけたくないから裏切るようなことはもうしない。それで歩みがちょっと遅くなってもいいかなって。本当にそう思えるから」
「彰さん……」
「まー要はどんなに濡れ場演じてもあの人とは寝ないよってこと。納得?」
それを言われた瞬間に、今までのモヤモヤが一気に解消された。自分がどこに引っかかっていたのか、それでようやく理解した。
「すみません、信用してないわけじゃなかったんです……でも、間違いが起こるかもって……ほんの少しだけ思っちゃって……。あの人に言われたら……多分俺でも断れないし。そんなことになったら症状が悪化しちゃうんじゃないかとかも、考えて……」
すると、彰はふわりと優馬を抱きしめた。いつもする柔軟剤の匂いはせず、女物の香水の匂いだけがする。
だがそれをかいでも、以前よりは腹が立たなかった。
「優馬君は本当優しいなぁ。名前の通りだ。じゃ、ちょうど納得してくれたことだし、ドラマの撮影終わるまではここ出禁な」
「えっ?」
思わず体を離して相手の顔を見ると、彰は珍しく真剣な表情で言った。
「今回のドラマ、勝負どころなんだからそっちに集中して。こんなとこに入り浸ってちゃ駄目だよ。俺の夢はいつか優馬君と刑事ものでバディ役をやることなんだから、そこまで上がってきてもらわないと」
予想外の言葉に胸を突かれる。彰がそんなに自分に期待してくれているとは思いもしなかったから、素直に嬉しい。
それと同時に身が引き締まる思いだった。
「……俺、帰ります」
「うん、そうしな? 台本読みは付き合ってやれないけど……」
彰はそこでスマホを操作し、言った。
「あ、南野さん今日暇だってよ。読み合わせ付き合ってくれるってさ」
「南野さん……て、あの南野さんですか? ドラマで共演してる」
「うん」
「えっ、めちゃめちゃ仲悪かったじゃないっすか! 何で……?」
彰と険悪だったドラマの主演俳優を思い出す。あの男と連絡を取り合うような仲なのが信じられない。
その上、優馬の台本読みに付き合ってくれる? 訳がわからない。
混乱する優馬に、彰はフッと笑った。
「俺は、嫌いな人間にはわざわざ絡みにいかねぇよ。南野さんはさぁ、良い役者だよ。プロ意識すごいっつーか。でもリアクションオモロくてついついからかっちゃうんだよなぁ〜」
「あんなに酷いこと言われて平気なんすか? 役者もどきとか……」
「まあプライド高いからなぁ。他の畑から来る人間嫌いみたいなんだよね。けど、ちゃんとした演技したら認めてくれるよ。こないだのあれは、ちょっと前に俺が怒らしちゃったのもあるし」
「何があったんですか?」
すると、彰はいたずらっぽく笑った。
「いや彼氏と上手くいってなかった時期にさぁ、酔った勢いでベロチューしちゃって。ほら、あの人ガチガチのノンケで意外と堅物だからさあ、ブチ切れちゃって。それ以来ちょーっとギクシャクしてたんだよねえ、その前は毎日飲んでたんだけど。だからまあ、そんな悪い人じゃないよ。優馬君のこと気に入ってると思う」
「いやいや……マジですか?」
「うん。ま、だから心配すんな。あの人、見込みある子にしか教えないから、引き受けてくれたってことはそういうことだよ。色々教えてもらいな?」
「……わかりました。わざわざありがとうございます。けど、彰さん、」
「ん?」
「今後は酔ってもチュー禁止なんで。俺以外」
ちょっと低い声で念押しすると、彰が誘うような目で優馬を見た。
「わかった。優馬君にするね」
そして二人が立ち上がった拍子に、彰が優馬にキスをする。
味わうように唇の表面を舐められて、吐息が漏れる。
「んっ……」
やっと解放された時には体が反応しかかっていた。
「っ……出先でこんなキスしないで下さいよ」
「もう夜が待ちきれないだろ? なるべく早く帰るよ」
「……待ってます」
彰は笑顔で優馬の髪を撫でると、部屋から出ていった。
それを見送った優馬は、煽られて溜まった熱を冷めるまでしばしその場に佇んでいたのだった。