スパロウは、その三週間後に新曲を発表した。
振り付け師と相談の上、ダンスのフォーメーションは淳哉・彰・拓中心に編成された。
優馬の読み通り反響は大きく、動画投稿サイトで公開したミュージックビデオは数日で数百万再生された。
音楽配信サイトでの売上も好調で、スパロウとしても、事務所としてもトップクラスの売れ行きだった。
同じコンセプトで二ヶ月後に出した二曲目もヒットし、やがてグループはゴールデンタイムの音楽番組やバラエティに頻繁に呼ばれるようになった。
デビュー早々全国区の番組にひっぱりだこになるというのは、予想していた。
良かれ悪しかれ話題性があるからだ。
芸能活動を一時休止していた彰のその後が、皆気になって仕方ないのだ。
しかし、露出は予想を遥かに上回る多さだった。
そのため、全く場慣れしていない優馬は、番組に呼ばれるたびかちこちになってほぼ喋らずに終わるということを繰り返していた。
そういう優馬に番組で必ず話を振ってくれるのが、リーダーの淳哉だった。
メンバー全員に気を配ってくれる彼は、どんな番組に出たときでも全員が話せているかをチェックし、話せていないメンバーに話を振ってくれる。
そのおかげで、優馬や隼人も肩身の狭い思いをせずに済んでいた。
めまぐるしく過ぎてゆく怒涛の毎日の中で、淳哉のそんな優しさに、優馬は徐々に心惹かれていった。
まだ恋心という明確なものではない。
しかし確実に、何かが芽生え始めていた。
そしてそうなると、何となく淳哉と仲のいい彰のことも気になってくるようになった。
好きな俳優のバラエティは見ない派の優馬は当初、彰はクールな感じだと思っていた。
飄々として心の内を見せないような二枚目キャラを演じることが多かったからかもしれない。
だが、実際に会ってみてその印象はガラリと変わった。
実際の彰はとても人懐っこく、愛想の良い性格だったからだ。
全然偉ぶったところもなく、年上を立てて年下を可愛がるムードメーカー。
彰が一瞬でスパロウに溶け込んだのはその愛嬌のある性格ゆえだった。
いるだけで場が明るくなる人なのだ。彰には、あまり表情が変化しない淳哉にはない魅力があった。人たらしというか、そんな感じだ。
少し気を許したらたちまち虜になってしまいそうな危険性を感じ、優馬はその感情に蓋をした。
優馬はゲイだ。物心ついたときから女性に惹かれたことがなく、男性との交際経験しかない。
だから、男性アイドルグループに入ることには当初大きな抵抗があった。男の集団でゲイであることを隠しながらやっていくのは相当に疲弊するからだ。
それが原因で小学校のサッカークラブも辞めてしまったし、以後は演劇部等、女子比率の高い集団にしか入ったことがない。
だから、当初は歌手としてソロでやっていこうと思っていた。だが、受けた事務所をことごとく落ち、最後に残ったのがアイドル事務所の夏川エンターテインメントだけだったので、アイドルグループに入るしかなかったわけだった。
そうして入ったスパロウというグループで、優馬は日々自らのセクシュアリティがバレないかと怯えながら活動しているのだった。
だから、メンバーを好きになるなど論外である。そんな素振りを少しでも見せれば排斥されるだろう。
男の集団というのは同性愛嫌悪が強烈である場合が多いからだ。
どんなに魅力的であっても好意を抱くことは許されない。それは相手への裏切りになる。
だかは優馬は芽生えかけた想いに即座に蓋をし、「普通の男」であるふりを続けるのだった。
グループ全員でのテレビ番組の収録があったのは、そんなさなかのことだった。
◇
その日、スパロウメンバーはテレビ局のスタジオに集合していた。
木曜十時のトーク番組の収録日で、彰以外の全員が初出演だった。
司会は七瀬充というベテラン芸人で、ゴールデンにレギュラーを何本も抱える売れっ子司会者だった。
漫才師からの叩き上げで、笑いがありながらもかなり突っ込んだところまで聞くことで有名だ。
そのせいか、何度も共演経験があり、親しいらしい彰以外、楽屋のメンバーは全員緊張していた。
皆いつにも増して口数が少なく、楽屋が静かだ。
部屋の一角に置かれたテーブルにつき、ぽつぽつと会話を交わしていたが、ジャケットを着たメンバーの顔はこわばっていた。
そんな中で、淳哉が口を開いた。
「彰、いつも七瀬さんにどう対応してんの? 初めてだからよくわかんねえんだけど」
さすがリーダーというべきか、それは誰もが聞きたかった質問だった。
すると、メンバー全員がのったテレビ雑誌を秋と見ていた彰は、顔を上げた。
「うーん、変に面白いこと言おうとするより、正直が一番かな。素直に答えてりゃ問題ない」
「なるほど……」
すると、拓が聞いた。
「結構共演あるよな? どんな人?」
「真面目で優しいっすね。事前にこっちの情報結構入れてきてくれるし、細かいボケも拾ってくれるというか……」
「それ見てたけど、彰にだけじゃね? 結構皆あしらわれてるぜ」
その言葉に、彰が一瞬微妙な表情になる。
灰色のジャケットに黒のパンツという、ごく地味な格好をしているのに、華やかな芸能人オーラを放っているのはいつものことだった。
メンバーに気を遣ってか、加入以来こういった格好をすることが多かったが、オーラは全く隠し切れていない。
彰は、一瞬浮かべたばつの悪そうな表情を消し去って言った。
「まあ、気に入られてるっちゃ気に入られてるかもしれないっすね。付き合いも長いんで」
「マジで? どうすればハマるの?」
「んー、なんですかね……あんまいい子ぶらないとか? メンバーへの不満とかは絶対聞かれるんで、そこはあんま濁さない方がいいかもしれないです。俺のことも聞かれると思います」
「だよなあ。そこが問題っつーか……台本にない部分がな。こんなにガッツリトーク番組とか、初めてだし」
「俺のことも、全然言ってもらっていいんで。事務所チェックで編集してもらえるし。めちゃくちゃご迷惑かけてると思うんで」
「いやいや、そんなことないよ。彰のおかげで売れてるし」
そう返した拓に、彰が小首を傾げ、顔をのぞきこんだ。
「ほんと、申し訳ないです。あと、そろそろ名前で呼んでもらえまぜん?」
「あ、いや、馴れ馴れしいかなって」
「いや全然。むしろ呼ばれたいです。秋先輩も、ヒガシくんも、隼人くんも、優馬くんも、名前で呼んでほしいなあ。あっくんもさわって呼ばれてて紛らわしいし」
「確かに。お前何て呼ばれたいんだよ?」
淳哉が聞くと、彰は答えた。
「普通に彰で」
それに、拓が頷いた。
「わかった。じゃあ、これからは彰な」
「やった! 俺も、拓さんって呼んでいいすか?」
「おう。ヨッシーでもいいけど」
「いやそれはさすがに……」
「まあ、おいおいな」
グループ内で拓をヨッシーと呼んでいるのは、同い年の秋だけだった。
スパロウ初期メンバーの淳哉さえ呼んでいないのに、さすがに無理だろう。
拓は緩くウェーブした茶髪をいじりながら言った。
「さわとヒガシも、ヨッシーでいいっつってるのに、一向に呼ばんよな」
「いや一回呼んだらめっちゃキレてたじゃないっすか。無理っすよ」
明彦の言葉に、淳哉も頷く。
隼人が興味をそそられたように、椅子から身を乗り出した。
「え、そんなことが?」
「ああ。つっても誤解すんなよ? コイツずっとタメ口だったんだよ。イラッとくるだろ」
「そういう企画だったじゃないですか〜」
明彦が言ったが、拓はしかめ面のままだった。
「そうだけどムカついたんだよ」
「マジ怖かった。俺ら、それ以来拓さんに軽くいけないっつーか……なあ? さわ」
「俺に振るなよ。けどまあ、怖いは怖かったっす」
「何か俺めっちゃ悪い人みたいじゃん」
拓が笑い、場の空気が和んだところで楽屋のドアが開いて、ネームプレートを首から下げたスタッフが顔を覗かせた。
「スーパーロータスさん、出番ですー。こちらお願いします」
その声で全員が一斉に立ち上がり、楽屋を出て廊下を歩き出す。
先頭に拓と秋の最年長コンビ、次に明彦、そして淳哉彰と続き、最後尾が優馬と隼人だった。
スパロウはわりと体育会系のグループで、移動の時はこういう順番が多い。
彰と隼人と優馬が新規加入組だが、彰は終始淳哉にくっついているので、優馬は自然隼人といることが多くなっていた。
優馬は、隼人と最後尾を歩きながら言った。
「緊張するな〜」
「うん。やべえ。手汗やべえんだけど」
隼人はそう言ってズボンでごしごしと手を拭いた。
「僕も」
すると、前を歩いていた淳哉が振り返って言った。
「大丈夫大丈夫。俺がいるからな」
「は、はい……」
「よろしくお願いします」
髪をセットし、チェックのジャケットにベストでビシッと決めた淳哉に微笑まれ、どきどきしてくる。
こんな想いを抱いてはいけないのにどぎまぎしてしまう。それに自己嫌悪を感じた。
モヤモヤしていると、一緒に移動している彰も振り返って言う。
「俺もフォローするよ。せっかく前列なんだし、思い切っていけよ」
「は、はい……」
彰の顔面の破壊力も相当だった。二重の綺麗な目に見つめられると吸い込まれそうになる。
左右対称に完璧に整った顔の彰もまた、今までお目にかかったことがないような美形だった。
この二人は本当に心臓に悪い。
「平気平気。困ったらあっくんに投げとけば何とかしてくれるから。な、あっくん」
「ああ。任せとけ」
淳哉の言葉は安請け合いではなかった。
スパロウ発足当初からグループの進行役を担ってきたため、トーク番組で淀みないのだ。
一番頼りになるといっていい。
特段面白いことは言わないが、話を回すのはメンバーいちうまかった。
そんな淳哉をメンバーの皆は頼りにしているし、優馬も同じだ。
彼がいると収録での安心感が全然違った。
やがて優馬たちは長い廊下を抜けて、スタジオへと入った。
背景の大スクリーンによく晴れた日の海の映像を映した開放的なスタジオだ。
既にホストの七瀬充とアシスタントのコマドリくんという芸人が司会席にスタンバイしている。
七瀬はスーツ姿で、コマドリくんは蝶ネクタイにサスペンダー付きズボン姿だった。
七瀬は売れっ子漫才師から叩き上げで上り詰めた人物であり、キー局だけでも冠のレギュラー番組を週十本近く持っており、その半数がゴールデンプライム帯だ。
彼は、コマドリくんという少し若手のコント師を可愛がっており、よく番組で共演することで有名だった。
スパロウのメンバーは、二人と周りのスタッフに挨拶をしながらスタジオ入りした。
そうして、指示されるままに、スクリーンの手前に二段になって置かれた椅子に腰掛ける。
並びは、前列左から淳哉、優馬、隼人、彰、そして後列が拓、秋、明彦の順だった。
通常ならこの並びはありえないが、新メンバーにフォーカスを当てたいということで、この並びになっていた。
そして、向かって右側に司会者のスタンドがある。
そこでスタッフにメイク直しをしてもらっていた七瀬は、優馬たちが入ってきたのに気付くと、メイクを終わらせてこちらに向き直った。
「スーパーロータスです。本日はよろしくお願いします」
「ああ、どうもね」
彼は、腰を上げて慇懃に頭を下げた淳哉に適当に返すと、近くに座っていた彰の方にやってきた。
「彰、元気にしてたか〜」
「お疲れ様です」
七瀬は、すぐに立ち上がって会釈をした彰の肩に手を置いた。
「お前なんちゅーことしたのよ。ウチでも噂になってて、北沢さんもビックリしてたで」
北沢というのは、七瀬の先輩に当たるベテラン俳優兼タレントだった。
「すいません。実は、自分でもちょっと驚いてます」
「会見見たよ。契約切れただけとか嘯いてとけど、ホンマな違うんやろ? 社長の嫁に手え出したか」
「違いますよ。そんなことするわけないじゃないですか」
「どうかなあ。飯も行った言うてたやん、二人で」
「え、マジすか?」
拓が驚いたように言うと、七瀬が頷いた。
「ホンマホンマ。彰、ロープロの社長の奥さんに気に入られてたんよ」
「気に入られてた、過去形っすよ。飽きられちゃったんで」
「はは、お前振られたん? それが理由?」
「さあ……。けど辞めるっつった時、引き留められもしなかったんで、そうじゃないですかね。あっさり放流ですよ」
「天下の彰様が振られたかあ。まあ、心配すんな。ええ子がいるねん。また飲もな」
「いいっすね」
そのやり取りを、メンバー全員が呆気にとられて見ていた。
七瀬とこんな気軽に話せる仲というのに驚いたからだ。
やはり彰は別世界の人なんだな、と思った。
淳哉をちらっと見ると、彼だけは他のメンバーと違い、わずかに眉を顰めて見ていた。
生真面目だから、こういうノリについていけないのかもしれない。
優馬も、この業界独特のノリは苦手だった。
「まあ、引退じゃなくてよかったよわ。お前連絡してもシカトするし」
「すいません。でも、巻き込みたくなかったんすよ。連絡したら変な勘繰りされるかもって思って」
すると、七瀬は笑って彰の頭をポンと叩いた。
「やっぱお前可愛いわ。オッケー、だいたいの事情はわかった。ま、移籍に関してはリーダーとの約束守るためとか言うとくのがいいかな。厚い友情話で茶濁そうや」
「俺もそう思ってました」
「リーダーはそれでいい? 話合わせてくれると助かるんやけど」
「はい。大丈夫です」
淳哉は微妙な表情をしつつも承諾した。
その直後に、せわしなく行き来していたスタッフがおのおの位置につく。
「では、はじめまーす。皆さん準備よろしいですか? ハイ! では十秒前! 十、九、八、七、六、五、四、」
ディレクターは最後指と口パクで三、ニ、一、とカウントし、手を振った。
オープニングの曲が流れ、七瀬が喋り出す。
収録が始まった。