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 その後、新メンバーを中心に話は弾み、その日の収録は無事終了した。

 やはり、七瀬の話術は天才的だったな、と思いながら事務所の車で次の現場に移動する。

 この日、スパロウリーダーの佐渡淳哉は、収録後に女性誌の撮影があったために、他メンバーとはテレビ局で別れていた。

 都内のスタジオで、女性ファッション誌『アモーレ』の撮影を、メンバーのひとり、水沢彰とする。

 

『アモーレ』は、三十代女性向けのファッション誌だ。

 創刊二十年の歴史を持ち、ファッションだけでなく、対象世代の女性のリアルな悩みを特集するのが通例だった。

 何冊か読んでみたところ、特集ページは専門家監修でさまざまなデータを交えた内容であることが多く、性の悩み以外は淳哉が読んでも楽しめる内容だった。

 お金のやりくりや結婚観、同窓会での対処法など、同世代だからか共感できる話題が多い。

 

 雑誌ではその他、女性人気のある俳優やアイドル、芸人が登場することも多く、淳哉達が呼ばれたのはその枠だった。

 しかも、ただ突っ立っていればいい撮影ではない。

『アモーレ』専属モデルと彰との三人で、物語仕立てのショットを何枚も撮るというのだ。

 全くモデル経験のない淳哉には過ぎた仕事だった。

 

 だから、一回は断ったが、グループのマネージャー、吹田俊明にどうしてもと言われて折れた。

 せっかくオファーがあったのだから、このチャンスをものにしたいと言われたのだ。

 吹田は、スパロウ結成当初からついてくれているマネージャーであり、下積み時代を一緒に頑張ってきた仲だった。

 だから、その思いを無碍にすることはできなかった。

 それで、急いで申し訳程度にポージングを習い始めたが、まだ全くモノになっていない。

 

 本当に、最近は新しい仕事ばかりでついていけない。

 売れ始めて、目まぐるしく過ぎる日々に、淳哉は圧倒されていた。

 だが、隣でボーっと窓の外を眺めている幼なじみは、涼しい顔で全てをこなしている。

 まるでこんなのは忙しいうちにも入らない、とでもいうかのように。

 

 腹立たしいが、彰のキャリアを考えたらそれも当然といえた。

 連続ドラマで主演を張りながら、大河ドラマに出、主演映画を撮り、冠番組を持ち、コンサートをしていた男なのだ。

 今は夏休み位の感覚なのだろう。

 だが、自分はその仕事量であっぷあっぷしている。

 それを考えるとどうにも気が滅入った。

 思わずため息を吐くと、相手がこちらを見た。

 

「疲れた?」

「別に」

 

 ついイライラした声で返してしまい、彰が気まずそうに目をそらす。

 なんとなく気まずい空気になったので、淳哉は仕方なく口を開いた。

 

「収録、うまくいったな。全員揃った中で、これまでで一番だったかも」

「優くんと隼人がいっぱい喋れててよかったよな。やっぱ七ちゃんだなーって感じ」

「七ちゃんって……七瀬さんのことか?」

「ああ」

「お前、仲良いよなー」

 

 その言葉に、彰が苦笑した。

 

「まあな」

「何かお前だけ特別って感じだった。飯とか行くの?」

「たまに。今日も誘われてるけど」

「ああ、用事ってそれ?」

 

 今夜はメンバー皆で収録の打ち上げをする予定だった。

 しかし、彰は予定があって、途中で抜けると言っていた。

 

「そう。しばらく連絡スルーしちゃったからさすがに断れなくてさ」

「お前マジで業界の中枢にいるよな。すげえわ」

「はは、そんなことないよ」

 

 それは謙遜だった。

 芸能界トップ層の七瀬と飲みに行けるなんてそうそうない。

 多分自分は一生呼ばれないだろう。

 やっぱり、彰に勝てるところなんてないのだ。

 学生時代にずっとあった劣等感が、ここ最近ぶり返してきて、淳哉を悩ませていた。

 

「なあ、どんな人くんの? メンツすげーんだろ、やっぱ」

 

 すると、彰は考え込むような表情になった。

 

「うーん、どうかなあ。役者さんとかは来るけど」

「え、誰? 誰にも言わないから教えて」

「えー……井崎清也さんとか?」

「マジで? すげえ。あとは?」

 

 井崎は中堅の売れっ子俳優で、今期のドラマの主演をしている。

 やはり、七瀬の食事会は顔ぶれが豪華なようだった。

 

「あとリュウヘイさんもよく来る。清也さんと仲良いから」

「へえ。お前マジすげーな」

 

 リュウヘイも売れっ子俳優だった。

 実力派といわれ、舞台出身の役者だ。

 そういう人たちと気軽に食事に行く仲なのだ。

 やはり住む世界が違うのだ、と思った。

 

「まあ、俺は数合わせだから」

「数合わせ?」

 

 すると、彰はしまった、という顔をした。

 

「いや、なんでもない」

「数合わせって……合コンじゃあるまいし……って、合コンなのか?」

「まあ……女の子は来るよ。だから、お前が期待してるようなのじゃないよ。仕事論語るとかそういうんじゃない。ただ騒ぐだけ」

 

 足を組んだ彰のチノパンにしわがよる。

 彰はなんとなく憂鬱そうにそのしわを手で伸ばした。

 

「本当はあんま行きたくねえんだけど、付き合いで。それより、打ち上げどこ行く? 俺いい店知ってるんだけど」

「どこ?」

「『有正』って、焼き肉の店。個室あるし、めちゃめちゃ美味いよ。高くないし」

「予約できんの?」

「うん。する?」

「ああ。空いてたら19時で。三十分位は前後しても大丈夫」

「オッケー」

 

 彰はズボンのポケットからスマホを出し、予約の電話をかけ始めた。

 そして、慣れた様子で店員とやり取りをし、19時で予約を取った。

 彰はよろしくお願いします、と言って電話を切ると、スマホをポケットに戻した。

 

「オッケー、取れた」

「サンキュ。助かった」

「けど、スパロウって仲良いよなあ。前からこんなしょっちゅう打ち上げやってんの?」

「ああ。てか逆にやらねえの?」

 

 淳哉の問いに、彰は首を振った。

 

「たま〜におっきい仕事のときはやったけど、こんな頻繁にはなかった」

「へえ。意外」

 

 彰がかつて所属していた『スターライトレイヤーズ』は皆仲良さげに見えたから、てっきりプライベートでも付き合いがあるのかと思っていたのだ。

 しかし、意外にもそうではなかったらしい。

 

「皆そんなもんだよ。それぞれ生活もあるしさ」

「そうなのか。皆うちみたいな感じかと思ってた。休みに出かけたり、普通にするけど」

「いやー、ないね。俺、食事も行ってたの詩音位だったし」

「へえ」

 

 如月詩音というのは、『スターライトレイヤーズ』のメンバーの一人で、小動物みたいな見た目の子だった。

 歳も彰と近く、よく話題にしていたから唯一印象に残っている。

 彰に誘われて、一緒に食事に行ったこともあった。

 その時は、明るくて印象が良かった記憶がある。

 

「だから、めっちゃ新鮮だわ、こういうの。楽しい」

「よかったな」

 

 曇っていた彰の表情が晴れたところで、ワゴン車は撮影スタジオに到着した。

 外に出ると、冷たい空気が体を撫でる。

 もう三月も下旬だが、夕方になるとまだ肌寒かった。

 スタジオは、二階建ての民家を改装した建物で、中に入ると、奥に続く廊下の左右に部屋が並んでいる。

 

 そのいちばん手前がメイク室になっており、既に到着していた女性モデルが鏡の前でヘアメイクをしていた。

 皆楽しげに世間話をしている。

 女性誌の撮影だから当たり前だが、その空間には、ほぼ女性しかいなかった。

 それに気圧されて思わず立ち止まった淳哉を残し、彰はヘアメイクの近藤千尋とさっさと中に入って挨拶をした。

 

「こんにちは。本日一緒に撮影させて頂く、スーパーロータスの水沢彰と佐渡淳哉です。よろしくお願いします」

 

 途端にモデル達が一斉に振り返ってこちらを見る。

 そして、口々によろしくお願いします、と言ったあと、おのおの隣の子とくすくす笑いながらひそひそ話をし始める。

 淳哉は、学生時代からこのくすくす笑いが苦手だった。

 なぜか自分が女子に近づくと、このくすくす笑いが聞こえてくるのだ。

 自意識過剰かもしれないが、それでたびたび傷付き、次第に女子と話せなくなって今に至る。

 これのせいでまともな付き合いをしたこともなかった。

 

 緊張で体が固まって動けなくなる。

 しかし、彰は臆したようすもなく空いている椅子に座って髪のセットを始めた。

 淳哉は気力を振り絞って部屋に入った。

 どこを見ても女子、女子、女子……そしてそのほとんどがこちらを見ている。

 これは悪夢だった。

 

 しかも、彰を防波堤にしたいのに、隣があいていない。

 淳哉は内心舌打ちし、仕方なく部屋の反対側、両脇女子の空席に座った。

 しかし、ついているヘアメイクが近藤一人しかいず、彼女が彰にかかりきりのため、手持ち無沙汰になる。

 気まずい思いをしながらスマホで時間を潰していると、右隣の明るい茶髪のモデルが話しかけてきた。

 

「スパロウのリーダーの方ですよね?」

「あ、はい……」

「私、遠田りりあっていいます。『ゴールデンウォッシャー』でご一緒したの、覚えてます? 覚えてないか〜」

「……すいません」

 

『ゴールデンウォッシャー』というのは二週間ほど前に出たクイズ番組だ。

 出演者が山ほどいたから、正直覚えていなかった。

 

「いやいや、大丈夫です」

 

 そして、反対隣の子を振り返って小声で言う。

 

「てかめっちゃイケメン」

「ね、ヤバいね」

「さくら、ほら好きなタイプ聞いて」

「えぇ〜、恥ずかしいってえ」

 

 そして自分のヘアメイクの女性と、近くに座っていた女性モデルと一緒になって、またくすくす笑い出す。

 淳哉は心底、このくすくす笑いは法律で禁じるべきだと思った。

 これ以上に男を気まずくさせる反応があるだろうか。

 ついでに本人を目の前にして話題にするのもやめてほしい。

 

 部屋の反対側の彰の方を振り返ってみたが、まだセットは終わらないようだった。

 近藤が来てくれれば防波堤になるはずだ。多分。

 遠田と、彼女にさくらと呼ばれたショートヘアの子は、しばらくくすくす笑いをしながらひそひそ話していた。

 そして、再び淳哉に話しかける。

 

「あのぉ、どんな子がタイプなんですかぁ?」

 

 そして、聞いちゃった、と手を取り合ってはしゃぐ。

 淳哉は戸惑いながら答えた。

 

「タイプはないですけど」

「ええ、好きになった子がタイプみたいなこと?」

「まあ……」

 

 すると、遠田達は盛り上がってまたひそひそ話を始める。

 答えが変だったらしい。

 淳哉は今までに、女子の質問に合格点の答えを言えたことがなかった。

 だいたいこうして笑われる。

 しかし、何が正解なのかわからない。

 なぜなら、同じ答えを言っても他の男は笑われないからだ。

 つまり、淳哉自体が変だということだろう。

 

 気落ちしながら待つが、近藤は一向に来なかった。

 近藤も女性だが、常にビジネスライクだから付き合いやすい。

 対してこういった、女子っぽい女子は苦手だった。

 

 隣のくすくす笑いとひそひそ話に耐えながら待っていると、ようやく近藤が彰のメイクを終えてこちらに来る。

 淳哉は、救われた思いで息を吐き出した。

 もう一刻も早くこの場から去りたい。

 そう思ってセットが終わるのを待っていると、彰がやってきた。

 元はといえば、こいつが先に近藤を取ったのが元凶なのだ。

 それがなければ笑われることも、居心地の悪い思いをすることもなかった。

 鏡越しにジト目で見てやると、彰はあろうことか淳哉の膝の上に座った。

 

「何だよ」

「緊張してる?」

「……しないわけないだろ」

 

 実は、淳哉にはこれまでモデル経験がなく、本格的な撮影はこれが初めてだった。

 急場凌ぎで講師にポージングを習ったが、正直うまくできるとは思えない。

 それで、昨日はあまり眠れていなかった。

 

「大丈夫、あっくんならできるよ。俺がリードするし」

「何だよその言い方」

「いいじゃん」

 

 彰はそのままの体勢で笑って、検分するように淳哉の顔を覗きこんだ。

 そして、近藤に指示する。

 

「ファンデーションは濃くしすぎないで、眉の下と鼻の脇に少しシャドウ入れて下さい」

「私もそれがいいかなーと思ってたのよ。佐渡君肌綺麗だから」

「うん。それがいいと思う。じゃ、よろしくお願いします」

 

 彰はそう言ってメイク室を出て行った。

 手洗いにでも行ったのだろう。

 ひとまずくすくす笑いから解放されたことに安堵しつつ、近藤と世間話をしながらセットを終えた。