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 入ってみると、そこまで敷居が高くもなく、かといって安っぽい感じもしない上品な店だった。

 ベージュを基調とした温かみのある店内にはテーブル席と座敷席が計十卓位あり、それぞれが間仕切りで仕切られていた。

 そして、その空間と会計を挟んで反対側、右手には廊下が伸びており、個室が三室ある。

 ここが、裏口から繋がっており、どうやら芸能人御用達の店のようだった。

 彰と店員とのやり取りもスムーズで、何度も利用しているのがわかる。

 つい最近まで、どんな店も表玄関から入れた淳哉は、複雑な思いでそのやり取りを見ていた。

 

 個室のひとつに通されると、中も明るい感じの部屋だった。

 壁紙はベージュで統一され、奥には絵画と造花が飾られている。

 部屋の中央、焼き網のある大きなテーブルに、メンバーは全員集合していた。

 撮影が押して三十分以上遅れたので先に食べていてくれていいとグループラインで送ったが、皆注文せずに待っていてくれたようだ。

 拓と秋はそれぞれスマホでゲームをしながら、明彦、隼人、優馬はメニューを開いて話しながら待っていた。

 淳哉が部屋に入ると、拓がよう、と手を挙げる。

 

「お疲れさん。結構かかったみたいだな」

「すみません、待たせちゃって。先食べててもらってよかったのに」

 

 すると、秋が言う。

 

「うん。あと一分遅れたらそうしようと思ってた」

「お、滑り込みセーフっすか? よかったあ」

 

 彰が明るく言って端の席に腰掛ける。

 八人掛けの対面テーブルには、入り口から見て奥側の左から拓、秋、空席二つ、そして手前左から明彦、隼人、優馬と並んで座っていた。

 皆ラフな普段着姿で、拓はお気に入りの革ジャンを着ている。

 淳哉は秋と彰の間に座り、拓が手渡してきたメニューを受け取った。

 そして、向かいの三人に話しかける。

 

「みんな、ごめんな。待たせちゃって」

「大丈夫大丈夫。ちょっと食べてきたし」

 

 明彦の言葉に拓が突っ込む。

 

「そこは腹空かせてこいよ」

「お腹空くとイライラしちゃうんで」

「ああ、お前そうだよな」

 

 淳哉はそこで優馬と隼人に言った。

 

「二人も、ごめんな。お腹空いただろ」

「いえ、自分は大丈夫です」

「僕も」

「食いたいのある?」

「カルビっすかね」

 

 隼人の言葉に、秋が頷く。

 

「やっぱカルビだよなあ。上カルビ頼んじゃおっかな」

「いいな。この辺全部頼もうぜ。で、ご飯ものは……みんな冷麺食うよな?」

 

 拓が聞くと、全員が頷く。

 

「オッケー。あとライス大が三……四個か。あとスープと野菜とサンチュ。肉てきとーに頼むけど、他何かリクエストある?」

「牛タン食いたいです」

 

 すぐさま隼人が挙手をすると、明彦が続く。

 

「僕、ネギ塩タンがいいっす」

「じゃあ俺ラム!」

 

 彰も手を挙げて言う。

 淳哉は、なんとなく黙っている優馬が気になって聞いた。

 

「優馬は?」

「あ、僕は……何でもいいです」

「遠慮しなくていいんだぞ」

「ほ、本当に大丈夫です。カルビ食べたかったし……」

「そっか。今日も酒、ノンアルでいいからな?」

 

 すると、優馬は少し目を泳がせてからはい、と頷き、俯いた。

 彼は下戸で、サワーでも顔が真っ赤になる。

 初めての飲み会ではそれがわからず、飲ませてしまった結果、吐いて途中退場になったので、以来気をつけるようにしていた。

 優馬はメンバーの中で一番繊細だった。

 多分育ちが良いのだろう。

 

「あっくんは何食うの?」

「みんなが頼んだのでいいよ。どれも美味いし」

「相変わらず幸せなベロしてるよなー」

「お前、バカにしてんのか?」

 

 彰と小競り合いをしていると、拓が彰に同意した。

 

「確かに、何食っても美味いって言うよな、お前。高いもの食わせがいがない」

「ええ、そうっすかね……」

「そうだよ。あっ、それはそうと、今日は俺らが奢るんで」

 

 彰の突然の提案に、思わず聞く。

 

「俺らって、俺とお前?」

「そうだよ。お前、あんま先輩にばっか奢らせてんなよ」

 

 すると、拓が言う。

 

「いや、好きでやってるから大丈夫。遠慮すんなよ」

「いや、今日は払わせて下さい。いつもめちゃめちゃご馳走になってるんで。あっくんもそうだよな?」

「ああ……」

 

 スパロウでは結成当初から、食事や飲みの支払いは拓と秋がする慣例になっていた。

 一番最初の顔合わせの会で、こういうのは先輩が払うものだから、と言われたのだ。

 その後、何度か割り勘を申し出たが悉く却下されたため、やがてそういった申し出をすることもなくなっていた。

 しかし、確かに彰の言う通り、甘え過ぎていたかもしれない。

 淳哉は、彰に続いて言った。

 

「俺ら、今日河村ジェーンさんと撮影してめっちゃ稼いできたんで」

「嫌味な奴だな〜。トップモデルとちょっと仕事したからっていい気になるなよ」

 

 笑って言った拓に、彰が告げ口する。

 

「めっちゃいい気になってましたよ、コイツ。河村さんの前で格好つけて」

「だから、違うって。緊張してたんだよ」

「バリバリ意識してたくせに」

 

 すると、どっと笑い声が上がった。

 秋、拓、明彦がウキウキと淳哉の顔を見ておちょくってくる。

 

「なに、お前モテようとしてたの? 硬派なフリしてムッツリかよ」

「ああいう子タイプなんだ」

「意外だな〜」

 

 これは先々までイジられるネタになったぞ、と思い、彰を睨みつける。

 

「覚えてろよ……」

「ははっ、事実だろ?」

 

 絶対に後で仕返ししてやる、と思っていると、拓がメニューを手に取った。

 

「彰、さわ、じゃあ今日はご馳走してもらってもいいか?」

「はい」

「はい、全然」

「じゃあ、甘えさせてもらうな。俺の美学には反するんだけど」

 

 すると、秋も礼を言った。

 

「ご馳走様。じゃあ、お前らで注文して」

「あ、わかりました。じゃあ注文しますね」

 

 淳哉は呼び出しブザーを押し、やってきた店員に、先ほど拓達が頼もうと言っていたメニューと、メンバーそれぞれの希望の品を注文した。

 間もなく、生野菜とワカメスープと肉が運ばれてくる。

 メンバー達は、野菜と肉をせっせと網の上に載せて焼き始めた。

 

「うまそ〜。やっぱカルビだよな」

「ああ。もうカルビだけでいい」

 

 盛り上がりながら肉を焼いて次々食べる拓と秋を横目に、隼人と優馬を見ると、野菜ばかり食べている。

 淳哉は焼けているカルビとタンと海鮮を白い取り皿にいくつか分けて、二人の前のスペースに置いた。

 

「遠慮せず食えよ」

「あ、はい……」

「人数多いからグズグズしてるとなくなっちゃうぞ。もしかして二人ともひとりっ子?」

 

 すると、優馬が頷いた。

 

「僕はそうです」

「そっかあ。何かそんな感じだよな。食卓で競争したことないだろ?」

「あ、はい、全然。先輩はあったんですか?」

「ああ、うちは男三人だからなあ。小さい頃は毎日戦争」

 

 そう答えると、彰に肘で小突かれた。

 

「四人だろ。俺もいた」

「ああ、そうそう、こいつんち近所でよく飯食いに来てたから四人かな」

「そうなんですね。いいなあ、そういう経験してみたかったなあ」

「いや、今してるじゃん。兄さん達に肉食われる前に食えよ?」

 

 すると、拓と話していた秋が振り返って言う。

 

「さわ、聞こえてるからな」

「はは、すんません。けどコイツら野菜しか食ってなかったんで」

「何だ、遠慮しなくていいからな」

「あ、はい」

「はい」

 

 優馬と隼人が返事をして、肉に箸をつけはじめる。

 それを見て、淳哉も食べ始めた。

 途端に隣の彰が口を開く。

 

「あっくん、俺のも。俺にも分けて」

「自分で取って食えよ」

「あっくんチョイスで選んでよ」

 

 そう言われて仕方なく取り皿に焼けた肉と野菜をいくつか分けて渡してやると、彰は嬉しそうに食べ始めた。

 すると、秋がカルビをサンチュで包みながら言う。

 

「めっちゃ仲いいよな、二人。彰がうちに来たのも納得だわ」

「よかったよな、一緒に活動できて。今日の収録で色々わかったし、俺らもサポートするから」

 

 拓の言葉に、明彦も頷いた。

 そして、冗談めかして言う。

 

「まあ、ちょっと嫉妬しちゃうけどなー。あっくん、僕のだったのに」

「何だよそれ」

 

 明彦は最近彰に影響されて、淳哉をあだ名で呼ぶようになっていた。

 

「いやだって、正直、ちょっと疎外感あるよ。あっくんも薄情だよなー、四年も一緒にやってきたのに」

「ごめん、気を付ける」

 

 淳哉が謝ると、明彦は笑って言った。

 

「僕のことハブらないでね」

「お前の考えすぎじゃねえ? そんな感じある?」

 

 秋の言葉に、明彦は深々と頷いた。

 

「ありますよお。二人でキャッキャしてると、入っていけないっつーか……遠慮しちゃうんすよ」

「キャッキャなんてしてないだろ」

 

 淳哉が突っ込むと、明彦が言い返す。

 

「してる。めっちゃしてる! イチャイチャしてるじゃん!」

「まあ、距離感は近いかもな。家族みたいなもんだから。けど、ヒガシが思ってるようなことは全然ないから、遠慮しないで入ってこいよ」

 

 淳哉の言葉に、明彦はやっと納得したようだった。

 留飲を下げて頷く。

 

「そっかあ。幼なじみとかいないからわかんなかったけど、そんな感じなんだ」

「うん。一緒に育ったから」

「まあまあ、わかったよ」

 

 そこで話題は今日の収録のことになる。

 グループ単体でトーク番組に出るのが初めてだったこともあり、皆それで大いに盛り上がった。

 彰以外のメンバーは、淳哉と同じく七瀬と会うのが初めてで、やはりその話術に感銘を受けたようだった。

 そして、それぞれが十分に力を発揮できた収録だった、という結論に達した。

 酒が入り、盛り上がりが最高潮に達した頃、彰がそろそろ、と言って腰を上げた。

 すると、それに気づいた秋が言う。

 

「何だ、帰るのか」

「すいません、この後用事があって」

「そっかあ、残念だなあ。じゃ、また明日」

 

 拓が手を振り、他の面々も口々に別れの挨拶を口にする。

 それに挨拶と会釈を返し、帰ろうとした彰の腕を、淳哉は反射的に掴んだ。

 

「ここにいれば?」

「え?」

「行きたくないっつってただろ。行きたくないんならやめろよ」

 

 彰はこの後七瀬達と飲み会があると言っていた。

 それに乗り気でないとも。

 だが、コネ社会の芸能界で付き合いを蔑ろにできないのは淳哉も重々承知しているし、淳哉に止める権利などない。

 しかし、橋での一件があったからか、行かせたくなかった。

 

 彰を見上げると、目が合う。

 相手は、淳哉には判別のつかない何かの感情を宿した表情をしていた。

 なぜか静まり返った室内で、数秒見つめあう。

 そして、何秒か後に彰は息を吐きだし、言った。

 

「わかった。行かない。けど、七ちゃんに怒られたら責任とれよ」

 

 その言葉に秋が反応する。

 

「え、用事って七瀬さんと?」

「おいおい、聞いてねえぞ。どうなってんだよ」

 

 そう言った拓に、彰はすいません、と頭を下げた。

 

「はい。実は呼ばれてて。飲みだったんすけど、まあ、あんま行きたくないかなって」

「お前、どんだけ贅沢なんだよ。俺だったら何差し出しても行くわ……七瀬さんとの飲み会なんて。

 行かねえの?」

「はい。今日はこっちにいます」

「だったら、代打で俺推薦してくんね?」

 

 拓の言葉に秋がすかさず突っ込む。

 

「無理に決まってんだろ。後輩困らすなよ」

「はは、冗談だよ冗談。けど、マジで行かねえの? 大丈夫?」

 

 すると、彰は淳哉の腕を掴んで上げた。

 

「兄ちゃんがダメって言うんで、今日はやめときます」

「さわ、そんなこと言っていいのかよ」

「平気っす。無理して行くことない」

「兄ちゃん好きー」

 

 彰がそう言って掲げていた腕をおろし、後ろから淳哉に抱きついて肩に顎をのせる。

 絡み酒なのはいつものことだった。

 

「いつ俺がお前の兄貴になったんだよ」

「生まれたときから。家族だろお」

 

 酔うといつもこうなのであまり気にならなかったが、彰のこういう姿を見慣れていないメンバーは物珍しそうにこちらを見ていた。

 

「彰って酔うとこんな感じなのか」

「そうっすね。近くにいると被害を受けるんで、離れてた方がいいですよ」

「へえ、意外」

「だよな、全然そんな感じに見えないのに」

 

 そうやってメンバーが話している間も、彰はずっと淳哉にくっついていた。

 そして犬のように鼻面を首筋にこすりつける。

 

「いい加減離れろよ」

「やだよお。お兄ちゃん、何でそんな冷たくするの?」

「全く……」

「あっくん、チュー。ほっぺにチュー」

「は? しねえよ」

「なんでだよ、しろよ、家族だろ?」

「家族でそんなことしねえ」

「するって。俺アメリカ出身なんだよ。な?」

「お前マジでウザい」

 

 いつものことだが、彰のダル絡みはまあまあ迷惑だった。

 しかし、彰が外でこれほど酔うのも珍しい。

 これまで、相手が誰であれ、外でここまで酔うことはなかった。

 こうなるのは、だいたいが二人で飲んでいるときだ。

 まあ、それだけスパロウのメンバーに心を許したということだろう。

 淳哉は、絡んでくる彰を適当にいなしながら、食事会を終えたのだった。