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 結局、子供の件については二人でもう少し考えることにした。時間はまだたっぷりある。そう焦ることもあるまい。
 それよりも今はナポリ襲撃の準備を整えるときだった。計画は最終段階まで進み、本部には慌ただしい空気が漂ってるいた。
 ラザロがまたしょうもない「おイタ」をしたのはそんな折だった。

「ラザロがなんだって?」

 ネロの拠点襲撃を三日後に控えた週末、マウリは叔母に呼び出された。そしてラザロがアルの本当の母親がカミラであると吹聴して回ったことを知ったのだった。
 昨日までマウリはラザロだった。その時にやらかしたのだろう。
 ラザロは組織に残ると決めたマウリに腹を立てていたから意趣返しのつもりだろう。
 眉を顰めて聞き返すと、カミラは渋い顔で言った。

「アルトゥーロが組織の本来の後継者であると皆に言いふらし、ファミリーはその話題で持ち切りです。息子の耳にも入りました。何とかして頂きたい」
「あいつはまたしょうもないことを……。わかった、俺の方から説明する」
「ありがとうございます」
「でも……それでいいのか? 実の息子なんだぞ。何も知らせずこの先ずっと生きてくのか?」

 しかしカミラはきっぱりと首を振った。

「息子を失うぐらいなら赤の他人として一生過ごします。絶対に失いたくないんです」
「そうか……」

 そう言われてしまえばもう何も言えない。これがいわゆる母の愛というやつなのかもしれないと思う。
 自分の知らない愛の形が、ここにはあった。
 マウリはカミラの想いの強さに少し圧倒されながら部屋を出たのだった。

 ◇

 マウリはそれからすぐに幹部会議を招集し、アルがカミラの息子だというのは全くのデマであることを全員に通達した。当然、噂のもとはマウリ自身ではないのか、という声も上がったが、悪意のあるでっち上げである、とシラを切り通した。
 それでなんとなく全員が納得した雰囲気になり、一旦はこの件は落ち着いたかに思われた。
 そして組織は直近に控えたナポリ襲撃に向けての準備に戻ったが、この件に関し、シンは懸念していたらしい。それを知ったのはナポリ襲撃三日前の夜だった。
 その日、一族の定例会を終えて帰宅したマウリに、シンは遠慮がちにこう言った。

「アルさんのことで少し気になっていることがあるんだけれど」
「なに?」

 聞き返し、シンの肩に手を回す。二人はマウリの屋敷の主寝室にあるベッドで就寝態勢に入っていた。
 枕を立てかけたヘッドボードに背を預け、シンは画集眺め、マウリはラップトップで作業をしている。話しかけられたのは、ナポリに送り込んだ密偵とやり取りをしている最中のことだった。
 顔を上げて隣を見ると、シンはその美しい瞳をわずかに翳らせて言った。
 
「その……狙われたりすることはないのかな? ロッシさんとかから」
「ロッシから? 何で?」
「根も葉もない噂だって思ってくれたらいいけど、もし少しでも疑ってDNA鑑定されちゃったら危ないんじゃないかって。本当は本人の同意が必要だけど、そんなの気にせず勝手にされちゃいそうだし、そういう伝手もありそうだし……。それで実子だってわかったら排除しようとするんじゃないかって心配で。あの人はファミリーで実権を握りたがってるだろ? アルさんは決して弱くないけど、警戒してるのとしてないのでは全く違う。だからこのままでいいのかなって」
「……なるほど。じゃあ警護を付けるか」
「それがいいと思う。マウリも……十分気をつけて。特にナポリに行く時は」

 そう言って不安げにじっと見つめてくるシンを安心させるように笑ってみせ、髪を撫でる。
 
「ああ。必ず戻ってくる」
「絶対だよ」

 シンはマウリにぴったりとくっつき、その体を強く抱きしめた。不安に揺れる瞳を伏せて今にも泣き出しそうだ。
 誰かにこんなに想って貰ったのは初めてで、戸惑いもある。だがそれよりも圧倒的に感動していた。
 大事に思われることがこんなに嬉しいとは。
 マウリはラップトップを放ってシンにキスをした。唇を重ね合わせると、優しく包み込むように応じられ、身も心も溶けてゆく。
 幸福と快楽に浸っていると、不意に体が後ろに引っ張られるような感覚に襲われた。人格交代の前兆だ。
 マウリは混乱し、暫時パニックに陥った。シンとしていてこれまでにこのようなことはなかった。それなのになぜ、と思うまもなく意識が薄れてゆく。
 意識を失う直前にラザロの気配を感じる。その時に、マウリがこの組織に残ると勝手に決めたのに腹を立てているラザロが嫌がらせのために出てきたのだとわかった。

ーーーーーー

 目を覚ましたラザロはほくそ笑みながら行為を続けた。シンの口に舌を差し入れ、歯列をなぞってやるとその体がわずかに震え、吐息を漏らす。そうして自ら舌を絡めてきたのに応じながら太腿を手でなぞり上げ、局部を撫でてやると、シンが喘いだ。

「んっ……」

 びくびくとよく反応する体に気をよくし、パジャマを脱がせてベッドに押し倒す。そして再びキスをしようと顔を近づけたとき、不意にシンと目が合った。
 シンは底知れぬ美しい目でこちらを見て言った。

「おはよう、ラザロ」
「よお」

 シンが瞬時に人格交代を見分けるのはいつものことだ。だが、いつもながら驚かされる。そして嬉しさもある。
 ラザロは満足感を感じながら、またシンにキスをし、体に手を這わせた。瑞々しく滑らかな白い肌。一点の曇りもないその美しい体の唯一の瑕疵は、左脇腹にある古い刺し傷だ。
 明らかに故意に傷付けられたとわかるそれは禍々しく、刺した者の執着心がわかるものだった。
 初めて寝たとき、美しくたおやかな外見に不似合いな傷に驚いたラザロに、シンは事故だったとしか説明しなかった。だが、事故でつくような傷でないことは明らかだった。

「はぁ……」

 その傷に慰撫するように口づけると、シンが吐息を漏らす。どんなに聞いても誰がこれを付けたのか教えてくれなかった。だが、いつかそいつを見つけ出して報いを受けさせようと思っている。

「あっ……」

 傷から下腹部、鼠蹊部と移動して性器を口に含むと、シンはビクッと体を震わせ、声を上げた。その反応に刺激されながら、口の中で次第に芯を持ち出すペニスを舐め、吸い、舌でしごく。
 シンはたまらなそうに片膝を立てて腰を揺らした。その太腿をさすりながら膨張して濡れてゆく性器を刺激し続けると、やがて掠れた悲鳴と共に絶頂した。
 ラザロは口内に出された白濁をティッシュに出して捨てると、今度はジェルで後ろを慣らしにかかった。
 ゆっくりと指を差し入れ、馴染ませながらいい場所を押してやる傍ら腹に口付ける。まだ息が整っていないシンの腹はせわしなく上下していた。
 蕩けた表情で口を半開きにし、匂い立つような色香を放っている。快楽に堕ちた姿が酷くそそった。
 今すぐ中に入りたいが、我慢してゆっくり尻をほぐす。セックスにおいて重要なのは、前半の忍耐である。最初に奉仕して相手を十分に満足させることにより、後半にたっぷりご褒美が貰えるのだ。これは相手が男だろうが女だろうが変わらない。

「はぁ……あぁ、そこ……」
「ここだろ?」

 奥にあるしこりをやんわりとさすってやると、その度にペニスが震え、腰が揺れる。それを少し続けて十分馴染んだところで指を増やし、少し強めに刺激してやると、一度出して力を失っていた性器が再び勃ち上がり始めた。
 それをまた舐めてやりながら後ろの指を出し入れし、前立腺を押し潰すように突き続けると、シンはついに白旗をあげた。

「ラザロっ、もうっ……」
「何?」
「ラザロの、挿入(いれ)てっ……! 欲しいっ」

 これこそがラザロが待っていた言葉だった。相手を快楽に堕とし、その言葉を口にさせることほど自尊心をくすぐることもない。
 ラザロは満足して指を引き抜き、ゴムを着けた自身をそこにあてがい、ゆっくりと腰を進めた。熱く狭い粘膜に締め付けられ、極上の快楽が腰を直撃する。
 ラザロは息をつき、ゆっくりと動き出した。すると背中に手が回され、キスをねだられる。
 動きながら口づけをすると、背中を抱く手の力が強くなった。ラザロは角度を変えてキスを繰り返しながら次第に深く腰を進め、奥のしこりを抉るようにして突いてやる。
 すると締め付けが強くなり、思わず呻いた。

「っ……」

 シンは上手い。前の職業のことはあまり考えたくないが、間違いなくトップクラスに上手い。
 だから情けない事態にならないように気を付ける必要があった。

「んむ……はぁ、ラザロ、気持ちいい」
「シン、綺麗だよ」

 睦言を囁きながら腰の動きを速める。ぬかるんだ後孔はペニスを突き入れるたびに水音を立てていた。
 しこりを抉るたびにその締め付けが強まり、ラザロに快楽を与える。いやらしい音と互いの息遣いだけが響く部屋の中で、シンはやがて絶頂した。

「んっ、あっ、ああっーー!」

 体を突っ張らせて射精し、艶かしい悲鳴を上げる。そのときの強い締め付けでラザロもまた絶頂した。

「ッ……!」

 ぶるりと体を震わせて精を吐き出し、シンの中から出る。そしてゴムを外して捨て、ドサッとシンの横に寝転んだ。
 そして息を整え、腹の汚れをティッシュで拭ってやる。すると、シンはこちらを向いてありがとう、と言った。
 ラザロは額に軽くキスをして言った。

「愛してる」
「私も愛してるよ」

 シンは嬉しそうに言って差し出した腕枕に頭をのせる。そしてラザロの体に手を回し、目を瞑る。
 ラザロは毛布を引き上げて二人の体にかけ、目を閉じた。

「おやすみ」
「おやすみ」

 そうして二人は共に眠りに落ちたのだった。