収録が始まると、それまで後ろに控えていたコマドリくんが前に来て、スタッフが持ってきた『スーパーロータス's ヒストリー』という大きな年表パネルを使い、司会を始めた。
年表によれば、スーパーロータスが結成されたのは四年前、リーダーの淳哉が二十二の時だった。
その少し前まで拓と秋は『サマーボーイズ』という別グループで活動していたが、解散したためスパロウ加入となっていた。
つまり、拓と秋にはスパロウ加入時点で既に四年のグループ活動のキャリアがあった。
だから、リーダーはこの二人のどちらかというのが自然だったが、そうはならなかった。
コマドリくんはそこまで説明して、指示棒で年表の該当箇所を指しつつ、質問した。
「ここで淳哉君がリーダーというのは、何か理由はあったのかな? 普通に考えたら経験がある拓君か秋君というのが自然だと思うけど」
すると、拓が秋と顔を見合わせてから答えた。
「最初はそういう話だったんですけど、嫌だって言ったんです」
「偉い人に?」
「はい。ご存じかわからないんですけど、俺ら前に別のグループに入ってて、その時に向いてないなって思ったというか……」
「拓君と秋君が入っていたグループ、『サマーボーイズ』はスパロウ結成の半年前に解散してしまっているね。その時、拓君がリーダーだったと思うけど」
「はい。まあ色々理由はあったんですけど、自分のふがいなさで解散してしまったっていうのもあったんで」
「それで、辞退したと?」
「はい」
「秋君は?」
すると、話を振られた秋は少し気まずそうな表情で答えた。
「自分はそういうの向いてないんで、さわに押しつけました」
「はは、なるほど。で、淳哉君がリーダーになったと。その時、どう思った?」
コマドリ君の問いに、淳哉は言った。
「正直怖かったですよ。拓さん、顔合わせ初日に俺に何て言ったと思います? グループとしてやっていく気がないなら今やめろっつったんですよ。めっちゃ怖かったっすよ」
「うわ~、それは怖いね。拓君本当にそんなこと言ったの?」
「まあ、はい……言いました。でも全員にですよ。もう解散とか嫌だったんで」
拓の答えに、七瀬が少し笑いながらコメントする。
「いやでも、後輩からしたら怖すぎやろ、それ。なあ?」
「はい。めちゃくちゃ怖かったっす。けど、マジで真剣にやってくれるんだってわかって、そこはよかったです。自分もやめる気はなかったんで」
「僕もそうっすね。拓さんと秋さんに憧れてたし、一緒のグループになれてよかったなって」
淳哉と明彦の答えに拓と秋が満足げな表情になった。
それで、二人が拓達と一緒にされたわけを悟る。
拓と秋、特に拓は、以前所属していた『サマーボーイズ』で、かなり厳しいリーダーとして知られていた。
自分にもメンバーにも厳しく、妥協を許さない。
噂だが、それについていけずに秋以外の三人のメンバー全員が辞めたといわれていた。
練習生の間で恐れられているのもこれが理由だった。
とにかくダメ出しがきついともっぱらの噂だった。
しかし、優馬が加入したときの拓は、厳しいがフェアで、誰かを個人攻撃するという印象はなかった。
おそらく、淳哉と明彦はそれをわかっている。
だからここまでやってこれたのだ。
「ということらしいですが、拓君どう?」
「いや、照れるからやめろよ、お前ら」
拓は笑ってそう返した。
「いやマジですよ」
「仲良いんだなあ、君ら。ここは入り込めへんわ。新メンバーは、どう? 中途加入ってあんまりないと思うけど。彰、お前は後で聞くわ、諸々他の事と一緒に。優馬君はどう?」
「そうですね。やっぱり歴史があるグループに入れて頂くというのは緊張しますし、経験が全然違うので日々勉強という感じです。でも、温かく受け入れて頂いて、伸び伸びやらせてもらってます」
「マジで一番伸び伸びしてますよ。グループの方針決めたのも優馬なんで」
拓の言葉に、七瀬が興味を引かれたようにこちらを見る。
「それどういうこと?」
「いやこっちもビビったんすけど、顔合わせ初日にセンター決めようとか言ってきたんすよ。なあ?」
拓に振られて秋が頷く。
「さわ……あ、淳哉のことですけど、さわと彰……彰をセンターにしろってな。イケメンだから」
「え、ホンマにそんなこと言ったん?」
「はい。ちょっとムカつきましたよ。けど、結果オーライだったんで、まあ」
拓の言葉に、淳哉が付け加える。
「だから、みんなにプロデューサーって呼ばれてるんですよ」
「ははっ、メンタル強いねんな。じゃ、赤城Pに今後の活動方針聞いてみよか。スパロウは今後どうしたらいいですかね?」
「ええと……ダンスが上手いメンバーのパフォーマンスを、もっとフォーカスして魅せたいですね。現状は僕と隼人のレベルに合わせてもらっている感じなので、フォーメーションや振りを工夫して拓さん達のレベルの高いダンスをお見せしたいです」
すると、七瀬は感心したように腕組みした。
「これはマジもんやな。何歳?」
「二十一です」
「末っ子なんですよ」
淳哉がまたフォローを入れる。
すると、七瀬は納得したように頷いた。
「ああ、なるほど。それでか」
「何がですか?」
コマドリ君が聞くと、七瀬は答えた。
「いや、歳離れてると言いやすいとかあるやん? 拓君もあんま怒れないでしょ」
「まあ、そうっすね」
「ほらやっぱり。あるんよ、末っ子最強説っていうのが」
「確かに、僕らになんかより優しいっすね」
明彦が頷くと、七瀬が再び言う。
「歳がいくつ離れてんの? 十か。そらなあ。俺も若手んときそうだったからわかるよ。中堅はめっちゃいびってくるねんけど、大御所には可愛がられてたからなー」
「ですよねえ。先輩、原師匠のお気に入りでしたもんね」
「そう。めちゃめちゃ可愛がられてた。家でご馳走になったりしててん」
コマドリくんが名前を出した原というのは、かつて一線で活躍していた男性司会者だった。
十年ほど前に亡くなっている。
「そうかそうか。赤城Pおもろいなあ〜。じゃ、今後ともプロデュースの方、よろしくお願いします。売れさせたって下さい」
「は、はい……」
気を付けをし、ひょうきんにお辞儀をした七瀬に笑いが起こる。
これでよかったのだろうか、と思っていると、それを読んだかのように隣の淳哉がポンポンと優馬の膝を叩き、笑ってみせた。
どうやら大丈夫だったらしい。
ホッと安堵の息をつき、司会に目を戻すと、コマドリくんが再び年表の読み上げを始めた。
「そしてスパロウが結成されたと。それから四年間、四人で地道にライブ活動を続ける。この間の一番大きな舞台は、夏の事務所のスペシャルコンサート。僕も毎年見させてもらっているけど、豪華だよねえ」
「はい。中でも『グレート・コメット』さんとコラボさせて頂いたのは、すごく嬉しかったです」
優馬の所属する夏川エンターテインメントでは、毎年真夏にサマーコンサート、通称サマコンを開催するのが慣例だ。
二日にわたって開催されるこのコンサートは、東京近郊の海辺の野外舞台を貸し切って行われ、付近のホテルが予約で埋まるほど人気だった。
そこで、所属のアーティストが朝から晩までかわるがわるパフォーマンスを披露する。
昼は高い夏空の下で、夜は海上の花火をバックに踊れるのだ。
言わずもがな、夏川エンタのアイドルは皆そこを目指していた。
その中でも、『グレート・コメット』という五人組のボーイズグループは、五指に入る売れっ子であり、ここ数年は毎年出場していた。
「ああ、ホントに人気だよね。ダンスもだけど、歌もすごいんだよ。生歌聴いたことあるんだけど」
「ホンマ。うちの番組にもこないだ来て、歌披露してってん。ミュージカル俳優ばりにうまかったよな? 特にほら、音楽高校行ってた子ぉ、」
「夏樹くんですか?」
「そうそう。その子がなあ。ライオンキングの主役かと思った。もうすごいねん。可愛がってもらってんの君ら?」
七瀬の問いに、拓と秋が顔を見合わせた。
そして拓が言う。
「可愛がってというか、一応自分らが先輩なんで。ダンスとか教えたりはしましたけど」
「ああ、そやそや、すまん。そういう関わりがあって共演したと。ダメ出しとかしたん?」
七瀬がニヤニヤと聞く。
拓の性格をこの短時間で見抜いたようだった。
「えーと、アドバイスとかは、まあ」
「アドバイス、アドバイスねえ……。いやー、メンバーは大変やなあ。正直時々うるさいでしょ?」
その問いに全員が一瞬固まる。
そののち、グループの潤滑油、淳哉が言った。
「まあ正直、若干……」
「お前、そんなふうに思ってたのかよ」
「アドバイスは的確なんですけど、話長いんすよ」
「む……」
「あ、否定せんねや。図星?」
「確かに……少し熱が入っちゃうことはまあ……」
「はは、嫌な上司のタイプや」
七瀬が言うと、淳哉がすかさずフォローを入れた。
「でも、そのおかげでダンス上手くなれたっていうのもあるんで」
「いい後輩やなあ、リーダー」
「いえ、本当のことですから。あんまりなあなあになっちゃうのもよくないと思いますし」
すると拓はうれしそうな顔をした。
「ありがとな、さわ」
「いい後輩持ってよかったなあ、拓君」
「相性バッチリって感じですね。じゃあ次、進めてもいいでしょうか?」
コマドリくんの問いに七瀬が頷くと、彼は再び年表に戻った。
「そして、四年間は四人体制で活動した後、はい、こちら、今年新メンバーが三人加入します。彰君、優馬君、それに隼人君ですね。これは、事務所から通達あったの? いつ頃?」
「はい。会見の十日前に聞きました。けど、彰彰が桐生連だとは知りませんでした。だから皆ビックリしちゃって」
秋の言葉に他のメンバーが頷く。
「それは驚くねえ。リーダーも直前まで知らなかったの? 幼なじみなんだよな?」
「知らなかったです。その間、連絡しても返事なくてめちゃくちゃ心配してたんですけど。だから話聞いたときはびっくりして」
「お前ブチ切れてたよな」
拓が笑いながら言う。確かに、淳哉は最初、かなり彰に当たりがきつかった。
「はは、そうっすね」
「なになに、それ言っていい話〜?」
「どうですかね」
淳哉が言葉を濁すと、黙って聞いていた彰が初めて口を開いた。
「俺のこと心配してたんだよな? 連絡なくて」
自分を見て小首を傾げた彰に、淳哉は曖昧に頷いた。
「ああ、まあ……」
「まあまあ、それもあっただろうけど、正直なところ、どうだったのリーダーは。彰は勝手に他行っちゃったわけじゃない。それがスパロウに入るってなって」
この質問がおそらく今回の核心だった。
淳哉が答える前に、コマドリくんが補足を入れる。
「そこなんですけども、はい、皆さんこちらの年表、上の方をご覧下さい。淳哉君と彰君が高三のとき……」
そして、シールをめくって隠れている部分を読み上げた。
「現在の事務所、夏川エンターテインメントのオーディションを一緒に受けました。結果は?」
「二人とも受かっていました」
淳哉が答える。
「はい、受かってました。で、何て約束したんだっけ?」
「ダンスで一番になろうって言いました」
促されて彰が躊躇いがちに答える。
「それは、彰君から?」
「……はい。そうっすね」
「でも、その後、彰君はホワイトローズプロダクション、前の事務所ですね、そこからスカウトされて、そのまま入ってしまった。その時は正直どう思った? 淳哉君は」
「彰には彰なりの考えがあったのかもしれないけど……正直なところは、裏切られたって思いました」
「そして、その後しばらく没交渉になるんだよね。じゃあ、彰君はどう? そのときのことに関しては」
すると、彰は少し沈黙してから言った。
「これは使えるかわからないんで、使えたら使ってもらいたいんですが、本当に正直なところは金銭面でした。皆さんご存知だとは思いますが、夏川エンターテインメントさんとホワイトローズさんは、アーティストの育成システムが全く違うんです。夏川さんは、入所から三から五年は練習生として表に出さずに集中的に育成するシステム、ホワイトローズさんは、表に出して舞台経験を積ませながら育成するシステムで、やり方が全く違うんです。
このシステム上、タレントが練習生の間、夏川さんには利益がないので、デビューまでは逆にこちら側がレッスン料を払います。スクールみたいな感じですね。そして、三年経ったらまた審査にかけられて、デビューできるかが決まる。そして、デビューが決まったら契約を新たに結ぶという形なんです」
「ふむふむ」
コマドリくんが相槌を打つ。
彰は続けて言った。
「対してホワイトローズさんは、これは自分の場合ですが、最初の契約からお給料が貰えていました。これは、練習生でも、グループに入れてもらえるため、ファンの方が応援してくれるようになるからです。うちは片親で、一応高校時代にバイトしてレッスン代は貯めていたんですが、あまり心労を増やしたくなくて、デビューを確約して頂いたホワイトローズさんに入らせて頂きました。これは淳哉にも初めて話すんですけど……でも、約束は約束だし、破ってしまって申し訳なかったと思っています。ごめん、淳哉」
彰は淳哉の方を向き、頭を下げた。
すると、淳哉は少し沈黙してから言った。
「いい。そんな気はしてた」
「許してくれる?」
「ああ。一緒に頑張ってこうな」
淳哉がそう言って笑うと、彰は泣き笑いのような表情を浮かべた。
優馬は、これは相当撮れ高があったな、と思いながら、なりゆきを傍観していた。
「いやあ、よかった、よかった。何か美しいですね〜」
コマドリくんの言葉に、七瀬は少し不満げに言った。
「何だ、バチバチが見たかったのに、つまらんなあ」
「つまらなくないですよ。素晴らしいじゃないですか、青春って感じでキラキラしてて」
「青春……今は昔や。今は晩秋って感じやな、秋の終わり」
「え、芸能界引退ですか?」
「アホ、これからや。冬にもいっぱい楽しいことあるやん。雪合戦とか、ミカン箱買いとか」
「ははっ、ミカンすか」
「手が黄色くなるまで食べんねん。あ、みんなミカン好き? 俺めっちゃ好きやねんけど」
笑いが起こって、そこからはフリートークに移行する。
これが、淳哉と彰の和解が完全に成立した瞬間だった。